素人による創造
256024 実現論:序1(下) 新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
 
岡田淳三郎 ( 60代 大阪 経営 ) 11/08/26 AM00 【印刷用へ
【新理論を生み出すのは、普通の生産者】

では、誰が近代思想に代わる新理論を構築するのか?
彼ら専門家が、専門家であるがゆえに転換できず、答えを出せない以上、近代思想に代わる新理論は、素人である庶民の手で生み出すしかない。

考えてみれば、いつの時代でも、現実の生活の変化=潜在思念の変化が先行し、後からそれが言葉化(観念化)されてきた。
もちろん、普通の人々にも、追求し理論化したい課題は多々ある。しかし仕事に追われて、理論追求できる時間はせいぜい1〜2時間しかとれない。先頭に立って闘っている経営者なら、なおさらそうだろう。
しかし、たとえ机に向かう時間が取れなくても、日々現実課題に直面して闘っている人々の潜在思念は、間違いなく最先端の可能性を捉えている。

その点、学者や評論家やジャーナリスト等、モノを考えるだけでも飯を食っていける人々は、それだけで普通の人とは異なる特権階級である。しかも、現実そのものと直対することから逃げた只の傍観者なので、最先端の可能性を捉えることが出来ない。それどころか、そもそも人々の現実とは大きくズレているので、人々を出口のない袋小路に導くような観念しか生み出してこなかった。
要するに、普通の人々と存在基盤が異なるので、彼らには大衆の願いを叶えることは出来ない。

本来なら、認識のプロになった時点で、はじめからその資格はないと自覚しておくべきだろう。
とりわけ、近代の思想家たちに至っては、ほぼ全員が観念病という名の病人である。そんな観念病者の言説に踊らされて、抽象的な「社会」に向かって批判と要求を繰り返しているのが素人の社会派であるが、これでは、社会を変えられるわけがない。

新理論を生み出すことが出来るのは、旧観念でメシを食っている知識人ではなく、現業を通じて日々現実に向き合っている生産者であり、素人である。生産者なら、現実を直視しているので、その最先端の可能性を潜在思念で掴むことができる。それに素人なら、旧観念をメシの種にしているわけではないので、旧観念に縛られる必要もない。
もちろん、日々現業に追われながら、新理論を構築するのは、極めて困難なことだが、幸い、新理論を追求し続けている生産者は、少ないながら実在する。ある意味では、経営者の何%かは、新理論を模索している創造者だと云えるかもしれない。共同体・類グループも、40年に亙って、近代思想に代わる新理論の構築に取り組み続けてきた。


【新理論の統合軸は、事実の共認】

与えられた問題は、この危機を突き抜け、新しい時代を実現するための答え=実現基盤を発掘することである。そのためには市場時代を突き抜けて、全文明史を総括し直す必要がある。
しかし、文明史を通じて、国家が滅亡することはあっても人類が滅亡の危機に陥ったことは一度もない。とすれば、今回の危機を突破し、人類の進むべき方向を見定めるには、原始時代やサル社会にまで(必要なら生物史にまで)遡って、全人類史を見直す必要がある。
言わば、歴史の実現構造の解明、それが素人である庶民に与えられた課題である。
それは、膨大な知識を必要とする課題であるが、有難いことに多くの史実が断片的には蓄積されているので、それを皆で手分けして発掘し、組み立て直せば、構造は解明してゆける。

そこで、断片的な現象事実を組み立てる統合原理となるのは、『事実の共認』である。
類グループは、現実課題を対象とする長年の会議経験の中から、共同体の統合原理が事実の共認にあることを体得してきた。事実は一つであり、かつ誰もが認めることができるからである。
だから、共同体では、たとえ仮説であっても、皆の知っている限りの知識に照らし合わせて論理が整合していれば、それを事実として認める。もちろん、これまで認めてきた「事実」に反する現象が出てくれば、直ちにその現象事実を組み込んで、論理=構造事実を組み替える。このようにして、事実の体系は無限に進化してゆく。

『実現論』は、そのようにして構築された、生産者の手による最初の試論である。近代思想に代わる新理論としては、世界初の試論かもしれない。
これは、単なる物書きの空論ではない。40年に亙って、現実に共同体を経営してきた生産者が生み出した新しい認識群である。それだけに、とことん現実を突破しようとするベクトルに貫かれており、それゆえ、役に立たない旧観念は全的に排除されるので、近代思想を信奉してきた人たちには抵抗が大きいかもしれない。しかしそれ以外の普通の人々には、決して難しくはない。今まであまり聞いたことのない新しい認識群ではあるが、素直に同化して読めば、この閉塞した時代を突き破る多くの有効な認識を得ることができるはずである。
 
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