西洋医療と東洋医療
255292 原子爆弾傷、特に放射能症の民間療法「伝承の英智」〜埋もれた医療〜1
 
スズムシ 11/08/08 PM11 【印刷用へ
当時、極悪な医療環境の中での治療について直接患者に聞いてまとめている。現代の西洋医療では認めてられていないような治療(ここでは民間医療と呼んでいる)に焦点をあてて放射能に対する治療法を提案している。

以下引用、「原子爆弾傷、特に放射能症の民間療法「伝承の英智」〜埋もれた医療〜」より引用
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小川新
もくじ

1. 死亡率
2. 一次放射能症の症状(日米合同調査団の資料による)
(1)悪心 嘔吐 食思不振
(2)下痢
(3)出血斑ないし点状出血
(4)脱毛
(5)口腔咽頭病巣
(6)出血
(7)発熱
3. 早期西洋医学的治療
(1)熱傷、外傷
(2)都築博士治療指針(昭和20年9月3日)
(3)早期治療報告(直後から二週間)
4. 民間療法
(1)民間薬とは
(2)都築博士を囲む座談会(昭和20年9月11日)
(3)永井博土救護報告
(4)私の資料内容
5. 被爆民間療法の種類及び民間薬について
6. 民間薬の種類と症例
(1)ドクダミ(重薬)
(2)楠の木の葉
(3)柿の葉
(4)田螺(タニシ)
(5)塩水
7. 生野菜及び果物について
(1)被爆医師の言葉
(2)被爆薬剤師の言葉
8. 灸法
9. 吐法について
10. 毒という概念と治癒の実際、吉益束洞のこと
11. 後障害の問題
12. 総括
結語
〈文献〉


人が人を殺害する原子力エネルギーによる爆発物の最初の経験をしなければならなかった広島市民の嘆きと悲しみは真に筆舌に尽くし難く人類最初の一大悲劇だ。

私は終戦当時、軍医見習尉官として和歌山市郊外の加多町で小さな派遣隊の防空壕掘りに従事していた大阪海兵団所属の国民兵の救護に当っていた。8月6日の夕方広島に巨大な爆弾が落ちたと知らされたが、その本態については不明だということだった。私の留守宅は広島の中心部から6〜7km離れている草津という町で直接の被害は少ないと思っていたが、8月7日夕方の情報では、広島市の旧市内は人を含めて建物などは壊滅状態であるということだった。

8月15日終戦をむかえ軍隊も解散となり20日頃に何も持たず郷里に帰って来たが、広島駅頭に降りて見て驚いた。広島市内の建物はコンクリート建築の数個を除いてはすべて倒壊し、一面の平原のようになっていた。さらに4・5km西方にある己斐駅(現在の西広島駅)が一望のもとに見えることだ。これはただ事ではないと思った。

自宅の在る草津地区は幸いにも家屋の倒壊は免れたので、多くの市内で被爆した縁者たちが身を寄せていた。被爆直後は無傷であった彼らも、脱毛、発熱、皮膚出血、発熱、歯齦出血、下血しながら、口の中は壊疸性潰瘍となり、8月月下旬から9月初旬にかけて次々と亡くなっていった。いわゆる第二期のもの即ち、被爆後2週目位から発症するもので、死亡するものが非常に多かった。

医薬品としては、ブドウ糖一本でも貴重であり、火傷に用いる油類、リバノール、マーキュロクロームなどの外は、包帯類もない状態だった。赤十字国際委員会駐日主席代表のマルセル・ジュノー博士(Dr.Marcel Junod:1904~1961:スイスの医学者)が来広し、原爆被害の惨状を知ると直ちに連合軍司令部に医薬品の提供を要請したことによって、やっと医療らしいことが出来たのは、9月20日過ぎであった。

それ故、野山の一木一草、薬になるものなら何でもよいという状況であり、医薬品を求める人々の願いはまことに切実であったが、私達医師は為す術もないという状態であった。

以下に述べることは、このような極悪な医療環境の中で、言い換えれば民間療法というか、伝承の智恵による医法しかないような状況下で行われた治療法であったことを銘記していただきたい。それは殆ど医師とは関わりなく行われたもので、表の医学・医療ではなく、アンダーグランドの医療であったので、医師を中心とした原爆医療に於いては、全く無視されてきた分野である。この隠れた医療の智恵を直接大衆から聞いてみたいと思つつこの三十年が過ぎていった。

このような劣悪な中で行われた民間の医療をなんとか掘り起こし後世に伝えたいと最初に企てたのは、日本東洋医学会広島大会を一年後にひかえた昭和43年1968年夏であった。漢方針灸同好の士に呼びかけて資料を収集し、全国から集まる伝統医学の医療関係者に「原爆傷害に於ける民間療法の役割」として報告する積りであった。しかし私一個人の力では思うように情報が集まらずその量も甚だ少なく報告することを諦めざるを得なかった。

次第に何か他の方法で一般大衆から直接体験の情報を得るしか方法がないという思いに至った。しかし年数を経るにつれ生存者は少なくなり、被爆の体験は風化の一途をたどるばかりある。一刻も早く記録に残こさねばと思っていた。

しかしこのような中、私の気持ちを理解して頂いた広島の地方紙中国新聞社山内記者と中国新聞社のご協力で、埋もれた情報をひろく集めるための新聞報道となった。そのおかげで即日被爆者及びその縁者の方々から貴重な情報が頂き、この度その内容を公にするに至った次第です。

今でも原子力発電事故などの放射線障害は、我々の身近にもあり、そして人類が人類の身をもって行った多数の犠牲者の冥福を析るためにも、寄せられた貴重な経験を将来の人類の健康に役立てようと思いこの論文を書いた。

なおこの論文は、核戦争防止国際医師会議で講演するため東洋医学の知識に乏しい西洋医学を主体とした欧米の医師達のための啓蒙論文であることをご理解いただきたい。
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