実現論を塗り重ねてゆく
254166 江戸の鎖国は明の自給自足国家をモデルにした
 
岡本誠 ( 58 兵庫 経営管理 ) 11/07/09 PM06 【印刷用へ
吉田太郎著『スローライフ大国キューバ・リポート 1000万人が反グローバリズムで自給・自立できるわけ』より、表題の説を紹介します。

―――――――――
江戸時代の前はグローバル経済の真っ只中にいた。対外貿易や植民活動が活発で、イギリスに匹敵する程であった。例えば、シャムでは山田長政が活躍し、マニラ近郊でも日本人町の人口は1620年には3000人を数えたという。また同年のバタビアにあった東インド会社も社員の一割が日本人だった。
しかも当時の日本の軍事力は強大で、秀吉はルソンのイスパニア政庁に対しても挑戦的な態度をとり、あわやフィリピン争奪戦も起きようとしていたのである。
だが日本は突如として、海外進出の道を捨て鎖国してしまうのである。

歴史学者、川勝平太氏は、日本は、負けた相手国の政治経済制度を受け入れることで政治改革を行ってきたと指摘している。
例えば、日本が最初に対外的に敗北したのは白村江での海戦である。この戦争で倭国は滅び、唐の政治システムを取り入れることで日本が誕生した。
次が秀吉の日明戦争で、この失敗の結果、明の政治システムが取り入れられ、中国と同じ自給経済体制が作られた。
そして、明治維新を作り上げた薩長は、薩英戦争と下関戦争でイギリスに敗北し、ここからヨーロッパをモデルとした近代が出発したとされている。
したがって、日本が鎖国するにいたった背景には明との敗戦があると言え、実際明の影響は当時全アジア域に及んだが、徳川幕府は明から膨大な資料を取り寄せ、その政治体制を直接の参考としている。

<革命家、朱元璋が夢見た自給自足国家>
明の太祖、朱元璋は全くの一庶民から皇帝までなりあがったが、他には漢の高祖、劉邦しかいない。
朱元璋は、一代の英雄にありがちな急成長指向が皆無で、対外征服はおろか、経済成長や技術文化の進歩にも関心を抱かず、求めたのはひたすら秩序安定と平和だった。個人的にも贅沢な生活も華やかな文化も栄光も求めず、71歳で死ぬまでの生活は質素を極め、熱心に書物を読み、休むことなく政務に邁進したという。

朱元璋の抱いていた政治思想は独創的、かつラジカルで、あえて一言でいうならば「一君万民」による「自給安定社会」を創出するという壮大なビジョンだった。海外貿易により珍品や貴重品が輸入されることは人々を贅沢に走らせ、貧富の差を拡大し、社会的平等や安定を損ねると考え、「片板も海に入るを許さず」と厳格な海禁令を出し、対外貿易も外国人の入国も禁じた。

現物と汗する労力だけに価値を置き、貨幣についても銅貨の鋳造だけを認めたが民間でも使用を禁止した。商業や貿易の弾圧し、社会全体を物々交換による自然状態に回帰させる一方で、農民の生活の安定と農村の自給自足化には膨大な力を注ぎ、数多くの積極的な政策を実施した。例えば、戦乱で荒廃した土地を復興するため、農民に牛や種子を与え、屯田兵制度も取り入れて、開墾と食糧の増産に取り組む。災害を受けた地方では税を免除し、麻、桑、綿花、果樹を植えることで凶作に備える。農業用水整備にも力を注ぎ、揚子江や黄河をはじめ各地で河川堤防の改修工事も行う。
こうして1368年の建国時から、81年までに新たに1080万ヘクタールの農地が創設され、20年後の1387年には全国の農地は5倍になったとされる。

全国の土地も精密に調査し「魚鱗図冊」という土地台帳にまとめ、1370年からは人口調査も行い「里甲」という住民管理組織を作った。里甲とは、農家110戸を一里としてまとめ、裕福な地主10戸が輪番で残りの100戸の農家の面倒をみるという制度である。これほど完備されたセンサス調査とガバナンス機構を作った国は、その後長く世界史的にも例がないという。

この政治機構をバックボーンに、地主や地方官僚による不正搾取を防いだ。法令も庶民にも分るように口語体として官僚独特の冗長な美文を廃止し、租税も公平化した。また、農民への教育にも力を注ぎ、「それぞれ生業に励み、妻子を保ち、親を養い、忠孝仁義をわきまえること」をモットーに、訓話を分りやすい「六諭」にまとめ、各集落毎に毎月6回、里老人に唱えてまわらせた。

これだけドラスティックな改革を急激に推進すれば、当然のことながら既得権益集団からの反発が起こる。朱元璋はそれには徹底的な弾圧をもってあたった。腐りきっていた政治風紀を正すため、朱元璋一代で処刑された官僚は20万にも及んだという。

貧しい農家に生まれ、疫病で17歳の時には両親を失い孤児となり、乞食僧として放浪していたような青年が、なぜ一代で中国を統一し、これだけの大改革を成し遂げられたのだろうか。その背景には、限りなき征服を目指し、腐敗しきっていたモンゴル帝国の存在があった。
鎖国自給という明のオリジナルの国家思想は、今のアメリカに匹敵する世界帝国グローバリゼーションを産み出したモンゴルへの反動とも言えるのである。
―――――――――
 
  List
  この記事は 202046 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_254166
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp