日本人と縄文体質
253797 日本では、実権を持っている者はノーチェック(丸山真男の日本の思想)
 
岸良造 ( 58 香川 技術者 ) 11/07/01 PM09 【印刷用へ
なんでや劇場で議論された「支配階級の骨身に染み付いた属国根性(252930)」及び「庶民にとって『お上』のことなど、どうでもよかった(252990)」と、同様な考えを持っていた政治学者で日本政治思想史研究の「丸山真男」を紹介しているサイト
【こちらデスク:丸山真男と日本の外骨格:旧日本社会は全体依存的な共同体だ(リンク)】がありましたので紹介します。
【主旨】
日本社会は全体依存的な共同体でありそれに基づいた社会構造であって、統治権の帰属者と実質的な権利行使者が分離しており、また正統性の所在と、政策決定の所在が分離している。
日本伝統の共同体的支配体制は、「権威」を持つ天皇は祭り上げられていてなんの力もない。支配の「実権」を持っている官僚や武士は、真ん中にいて威張っていて、その下に被支配階級がいるという構図なのですが、重要な点は、実権を持っている者と権威をもっている者は、お互いがノーチェックであるということなのです。
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 つまりね、まず基本は「旧日本社会は共同体だ」ということ。丸山は、こう指摘しています。
【自然の災害も人間の犯した罪も、ハライキヨメの対象と見る倫理意識の規範は所属している共同体にある。普遍的な倫理規範に昇華しない】

 そういう、なんとも無責任であなたまかせ、全体依存の社会観が日本人の社会観の根底にあります。
 そしてその共同体は、「天皇制」という不思議なシステムによって統治されています。
 その特徴は・・・、
【統治権の帰属者と実質的な権利行使者が分離している
 正統性の所在と、政策決定の所在が分離している  
 天皇が表に出てこないのが正統性の根拠
 天皇への奉仕は共同体への奉仕に限りなく近い
 「政事」という言葉の由来は、「祭事」ではなくて「奉仕事」であろう。 天下の臣連以下百僚が天皇の大命を受けて、各自その職務に奉仕するの が、即ち天下の政である。  ・・・つまり政事をするという場合の主語 は君ではなくて、君に奉仕する臣連たちなのだというのが宣長の解釈です。 (『政事の構造 政治意識の執拗低音』)】

「権威」を持つ天皇は祭り上げられていてなんの力もない。支配の「実権」を持っている官僚や武士は、真ん中にいて威張っていて、その下に被支配階級がいるという構図なのですが、重要な点は、実権を持っている者と権威をもっている者は、お互いがノーチェックであるということなのです。
 政治を実際にやるのは臣連(まへつきみ)なんです。彼らが天皇に「つかえまつる」というのが「政事」です。
 そういいながらこいつらは好きなように政治を行う。
 でもって、宮中に参内して「かえりことをます」、つまり報告するんですね。そうすると天皇は「きこしめす」、つまり聞いてあげるわけです。そうやって天皇は、「あめのしたしろしめす」(治天下)わけです。
 
【そして天皇自身も実は皇祖神に対しては、また天神地祇にたいしては「まつる」という奉仕=献上関係にあって・・・絶対的始点(最高統治者)としての「主」(Herr)は厳密にいえば存在の余地はありません。(『政事の構造』)】
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新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
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