日本を守るのに、右も左もない
253688 我々が残す「縄文体質」は健全なのか、可能性なのか
 
HAYABUSA ( 30代 東京 ) 11/06/29 PM11 【印刷用へ
>このように「みんなのため」「民の生活第一」という発想が日本の支配階級の間で形成されたのも、庶民大衆が縄文体質だったからである。252990

庶民大衆の縄文体質が、支配階級の意識をも変革させたという歴史認識だろう。正しいと思う。そのような“筋金入り”の縄文体質が世界の常識には当たらない稀有な国家体制を築かせたのだと思う。

しかし、今現在、我々に残された縄文体質は適応的なのだろうか?

「お上のことなど関係ない」としていられたのは、共同体的集団が存在している前提でのことだ。身近な集団が平穏無事であれば安心していられる。その限りにおいては、お上が誰であろうと本当に関係ない。
しかし、今はそのような集団はない。家庭は生産から切り離されて消費一辺倒。要求主義のモンスターになった。学校や会社に行けば「人それぞれ」で不安が付きまとう。一億総中流化して、生きることには困らなくなったものの、不安で個的なプチブルが量産された。

このような中で、中途半端に矮小化された縄文体質が生き残っているように思う。集団を失った不安に長年慣らされたため、本来の縄文体質は麻痺して、日和見主義的な受け入れ体質だけが表面化している。だから、一貫性のないマスコミの情報から波風立たないところをかいつまんで鵜呑みに出来る。この度の震災で「マスコミは信用できない」と口々に言いながら、誰もマスクをしないのはそのためだろう。

世界的に見て、一国丸ごと縄文体質を残す日本人は大変稀だ。しかし、稀であることは可能性ではない。
縄文体質の強みとは何か、それはどのような条件で発揮されるのか、健全な縄文体質とは何かを歴史的に総括して、可能性に結びつける努力が必要であると思う。
 
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