素人による創造
251688 「どう生きるのか」という本当の問いに向き合うときF〜「幸せ」は、「快適」「便利」とは違う〜
 
mosimobox ( 20代 四次元ポケット ) 11/05/20 AM01 【印刷用へ
「どう生きるのか」という本当の問いに向き合うときE〜完全に過去の技術である原子力 〜の続きです。

■「幸せ」は、「快適」「便利」とは違う
 社会や人生の〈最終目的〉の話をしよう。〈過剰依存〉は様々な形を取る。国家(おカミ)への依存。市場への依存。所属組織への依存。「絶対安全」な堤防への依存。「絶対安全」な原発への依存。総じて「平時」にしか回らないシステムへの依存=非自明な自明性への依存。
 非自明なこと(作為)を自明性(自然)と取り違える癖を丸山眞男は「作為の契機の不在」と呼び、「抑圧の移譲」(上から抑圧されると下を抑圧すること)などと並んで、問題のある社会や組織(の行動)を、他の国々のように変えることができない理由ではないかと考えた。

 こうした非自明な自明性への依存は、社会や人生の〈最終目的〉を見失わせてしまう。原発を自然エネルギーに置き換えようという話は出てきても、北欧諸国のように将来的にはエネルギー消費を半分以下に減らそうという話が出てこないのは、自明性への依存癖によるだろう。
 十年前は世界2位だった個人別GDPが23位に落ちたと嘆かれるのもそうだ。そもそも世界2位だった時期でさえ、様々な幸福度調査で世界75位以上になったことがない。社会や人生の〈最終目的〉が、皆の・自分の幸いだとすれば、GDP低下を嘆く前にすることがある。

 原発をやめると今まで通りエネルギーを消費できなくなるという、それ自体は電力会社の嘘に騙された不安もそうだ。従来のエネルギー消費が、経済水準はともかく幸福水準にどれだけ関連しているのかを見直し、幸福水準を上げつつエネルギー消費を下げる道が模索されない。
 子供を疎開させた山荘には北欧の部材を使った。床に30センチ厚、壁に25センチ厚の断熱材、三重ガラス、極めて密閉性の高い窓と扉の御蔭で、外気が零度10度以下になる冬でも、朝2時間の暖房すれば後は暖房せずに余熱と日照熱で快適だ。床暖房がなくても床が暖かい。

 実際、世田谷区にある自宅に比べて、同じ期間過ごした場合の光熱費は、すごい寒冷地にある山荘の方が圧倒的に安い。幸福度よりもレベルが低い快適度の話なのだが、エネルギー消費水準を圧倒的に落としながら逆に快適度を上げる工夫に、北欧の反省的態度を見て取れよう。
 北欧では、このハイテク時代でさえ暖房方法として暖炉を手放さない。手放さずに暖炉のハイテク化(効率化と低炭素化)に技術の粋を集める。暖炉の回りに人々が集まって談笑しながら寛ぐ時間が与える幸福に注目するからだ。こうした反省的構えが社会の隅々に浸透する。

 原発という電源を自然エネルギーで置き換えるという話をする前に、あるいは、原発という電源を失うとエネルギー消費水準が下がるという話をする前に、僕らが何のためにエネルギー消費を維持し、それで経済水準を維持するのかを反省すべきだ。僕らの幸福のためにこそ。
 ツイッターやブログで「煽るのか」「不安にさせるのか」とイキり立つ遣り取りを見るたびに、自己維持のためのメタゲームの浅ましさ、陣営帰属&誹謗中傷の浅ましさ、人間関係資本の乏しさゆえの認知的整合化の浅ましさ、総じて不幸な人々の浅ましさを感じて悲しかった。
 こうした浅ましさは日本の変質と関連する。1980年になるころから日本では法化社会が進んだ。何かというと管理者や設置者の責任を問う構えが拡がり、小川は暗渠化され、屋上や放課後の校庭はロックアウトされ、公園から箱ブランコが撤去され、監視カメラ化されてきた。

 隙間や余剰やノイズが除かれ、クリーンで安全で平準化した社会が出来上がった。子供はノイズ耐性を失い、やがて、トラブル解決ができず、何かというとキレ、隣人騒音で警察を呼び、超高齢者所在不明や乳幼児虐待放置を行政のせいにするような、浅ましい大人が増えた。
 総じて僕らは、コンビニエンス(便利)やアメニティ(快適)をハピネス(幸福)と取り違えてきた。更に深い水準ではハピネス(幸福)とウェルビーイング(存在の取替不可能)を混同してきた。だからエネルギーを馬鹿食いする高GDP社会で、不幸な人々ばかりになった。
 非常時が訪れ、快適さも便利さも失われたとき、つまりシステムに依存できなくなって初めて、「幸せとはなにか」「どう生きるのが良いのか」という、幸福と存在の取替不可能に関わる本当の問いを僕らは突きつけられる。問いに答えるための議論の厚みを手にする段である。

***以上引用終わり***
 
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