環境破壊
248832 ほころび始めたプレートテクトニクス1
 
彗星 ( 中年 ) 11/04/06 AM03 【印刷用へ
【新・地震学セミナーからの学び(リンク)】『38 ほころび始めたプレートテクトニクス(リンク)』を転載します。
----------------------------------------転載
新・地震学セミナーからの学び 「ほころび始めたプレートテクトニクス」 
セミナー[119]でも紹介しました卯田先生の「ほころび始めたプレートテクトニクス」と言う小論があります。見出しには、
 「一瞬で地上のあらゆる構造物を根こそぎにする巨大地震も、大音響とともに噴き上げる火山の爆発も、すべてこのエレガントな理論「プレートテクトニクス」によって理解できると信じられてきた。だが、新しい観測事夷を説明しようとすると、この理論はしばしぼ大いなる自己矛盾の中で立ちつくす。」という文章がありますが、プレート論信仰から眼を覚ますためにも、学んでみたいと思います。抜粋して紹介します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
■「プレートテクトニクス」に生じたひび割れやペンキのはげた跡
 どのような理論や学説も、それが真実に近づけば近づくほど単純で明快である。その意味では、「プレートテクトニクス」と呼ばれる地球科学の概念も、洗練されていてわかりやすく、地球上で起こっているさまざまな変動を統一的に説明できる考え方である。
 しかし、いかに優稚な建築物も、作られてから30年もたてばあちこちにひび割れができ、ペンキのはげた跡が目立つようになる。同様に、プレートテクトニクスにおいても、理論にそぐわない観測事実が増えつつある。その食い違いを説明するために、地球科学者たちは、理論を成立させている原理的な制限をなし崩し的にゆるめ始めている。
 たとえば彼らは、さしたる根拠もなく新たにプレートの境界を設定したり、あるいはそれがないと細かな現象を説明できないからと、「マイクロプレート」を証拠もなく出現させたりする。だがこうしてプレートが増えるたびに、理論の提唱者の意図とは裏腹に、そこから説明される地球の歴史はあやふやで複雑怪奇になり、過去のさまざまな出来事は互いに何らの因果関係も共通性ももたない独立した現象の羅列となってきている。
 思いつきが十分な吟味もされずに既成事実となり、検証するデータもほとんどないのに、いつしか定説となる。そして気がつくと、どこまでが観測事実もしくは調査結.果で、どこからが単なるアイディアなのか区別ができなくなっている。単純明快な概念が非科学的で醜悪な寓話と化してしまう・・・・。こうしてプレートテクトニクスは、いまやそのモデルとしての有効性に限界がきているように見える。

■自己矛盾を引き起こしているプレートテクトニクス
 プレートテクトニクスによると、地球の表層部は、リソスフェアからなる硬い板状のプレート10〜20個程度によって、モザイク状に覆われているという。そして、これらのプレートが水平に運動し、別のプレートと相互作用することにより、地上では地震や火山などの地殻変動が起こると説明されている。
プレートテクトニクスの基本となっているのは、「プレートは剛体的に作用する」という、いたって簡単な原理である。つまり、プレートは非常にかたいものであって、周縁部以外では折れることもひずむこともない。地震や火山活動などをはじめとする地球表層部の主要な変動は、プレートとプレートが作用し合う境界部で発生する。
 これは、もともと地震や火山活動などが生する変動帯をプレートの境界と定めたことから、必然的に導かれた原理である。
 もちろんプレートの内部でも地震は発生し、火山活動も見られるが、そうした活動によってプレートのサイズや形が大きく変わることはないから、このように単純な原理でもあまり問題は生じないというわけだ。
 この原理によって、プレートの運動は純粋に幾何学的な問題として取り扱うことができ、それによってはじめて、過去の大陸と海洋の配置を厳密に復元することができる。もしプレートがいつでもどこでも粘土のように変形し、サイズや形が自在に変化するなら、過去の大陸の分布を復元することは不可能になるだろう。

 だが、地球科学的な観測が進むと、プレートには内部変形と考えられる地質現象が存在し、また可塑性的な挙動も見られることが認識されるようになった。そこから、プレートが剛体的に作用するという運動形態はきわめて特異であって、じつは変形するプレートの方が一般的であるという考えも出された。ここに至ってプレートテクトニクスの原理は自己矛盾を起こしてしまい、どの程度までの変形が剛体として容認できるのか、という主観の問題になってしまったのである。
----------------------------------------2に続く
剛体としてプレートを評価するほうが、科学的、力学的にはモデル化しやすいこと=単純化しやすいこと。また、それのほうが世間に流布しやすいこともあってなのだろうか?どうも、プレートテクトニクス理論は、地球の表層だけしか分析していない論理のように思う。熱移送のような地球の深部の動きを観察する根源へと迫る研究が必要だろうと思う。
 
  List
  この記事は 248099 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_248832
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp