環境破壊
248382 プレートテクトニクス仮説論争(1)
 
ダイアF ( 中年 会社員 ) 11/03/31 PM07 【印刷用へ
 プレートテクトニクス説に関して、「西村寿雄さんの研究ページ」に表題の記事が有りました。参考になると思い引用させて頂きます。
リンク
(以下引用)
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T プレートテクトニクス仮説論争
(引用はじめ)
 まず,1983年8月に刊行した12号にプレートテクトニクスを日本で意欲的に紹介している上田誠也氏から「プレートテクトニクスに対する反論を検討する」という論文を寄せられた。上田氏がわざわざ対立する地団研の研究誌に私見を掲載されたのは異例だった。その論文によると,上田氏などのテクトニクス派と反対派の主張の違いがよくわかる。少し,長いがまずは上田氏の論文を一部転載してみる。

「プレート批判の立場の方々の見解には、しばしば、現今、プレートテクトニクスがあたかも真理そのもののように中学や高校の教料書にもとりあげられ、地学者は軽薄にも盲目的に自らの研究テーマがプレートテクトニクス原理で説明できるものとしている傾向すらあり、憂慮すべきであるという指摘がある。主観の差といってしまえばそれまでだが私にはそうは思えない。

わが国は、地団研の先生方のニラミが利いたせいか、ソ連と共に、プレートテクトニクス受入れが最もおくれている地学先進国の代表である。地球物理の方はそうではないが、地質の方は全体としては明らかにそのようだ。だから、現在のパラダイムの中では、日本の地質学は先進国のそれとはいえない面が多い。プレート批判の先生方の憂慮は、紀憂どころか、私としては逆の方が憂慮すべきことのように思われる。(途中略)

これに続いて,翌年発行した同『地学教育と科学運動』13号に,プレート仮説反対派の張本人,藤田至則氏の論文も投稿された。藤田至則氏の文も一部抜粋で紹介する。

1.仮説から法則へ
わがプレート説は、果して今、どの段階にあると考えてよいのであろうか。
上田誠也氏が、本誌12号に、私も含めた反プレート論者へ反論する論文をよせている。その中で、プレートの形態とそれが水平方向に年5〜10センチずつ動いているというプレート説を“狭い意味のプレート説”とよび、それは、1960年代に早くも事実となったとのべている。

 ところが、1976年、プレート概念を提唱したフランス人のルピション博士は、海嶺へもぐって、海底が水平移動する事実を地質学的につかまなくてはならないと書いている。日本のプレート説の信奉者と、プレート説の発想者との、この認識のずれを知って戴きたい。

2.法則から真理へ
 法則化された仮説がやがて真理へ転化する過程について、井尻正二氏は『井尻正二選集』第8巻で、「(法則化された仮説が)技術に応用され、生産に役立ち、人類社会に貢献してはじめてく客観的な“真理”として認められるようになる。…それ(は)…実践の試練にたえるまでは、万人が認める真理(=客観的法則)にはならない」と指摘されている。

 要するに、目にみえないあやつり人形の糸のような法則は、実践の洗礼をうけて、はじめて目に見える客観的法則(真理)に転化するというのである。

 上田氏はさきの主張の中で「仮説…は、だんだん確からしくなって理論とか学説とよばれるようになっても、それは千古不滅の真理とはならない。そういうものは宗教にあっても、科学にはない」と言い切っている。これは、法則と客観的法則の区別、あるいは、社会的実践(生産etc.)が、歴史的に人類の英知(真理)を遺産として積みあげていくものであることを無視した非科学的な論理というべきである。(略)

3.プレート説の方法論
 日本の地学界における一流どころの研究者の多くが、こうしたプレート説を借りた仕事に浮き身をやつしている現実である。2〜3流どころの若手研究者が、プレート説をかつぎまわるのは良しとしても、プレート説のあれこれのモデル作りを競い合うことで、一流研究者の仲間入りをしたと錯覚する手合いが増えていることについてどう考えたらよいのだろうか。たとえ、披らがどんなにはでに振舞おうと、しょせん、借り物にものをいわせているにすぎないのである。(引用続く)
 
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