地震・噴火・気象
247753 縄文人が農業に転じなかった理由〜類稀な火山列島
 
田野健 HP ( 50 兵庫 設計業 ) 11/03/23 AM03 【印刷用へ
縄文人は世界で最古(1万6500年前)の土器を発明し、世界でもかなり早期から定住(1万年前)し、高度な採集技術を作り上げてきた。そして1万年に渡る縄文時代の中では2000年おきに温暖期と寒冷期を繰り返し、その度に人は北へ、南へと狭い列島の中で移動を余儀なくされた。

数百年間定住した集落を捨てて移動していったのだと思うが、既に大陸では数千年前から登場した稲作農耕をなぜ取り入れなかったのか、不思議に思っていた。
「自然を破壊する農業を縄文人は最初から否定した、或いは採集が豊か故に積極的に農業に依存する社会を拒んだ」と考えてきたが、それらもあったかもしれないが、物理的に農業が出来ない土壌に列島があったという事実を下記の記事で発見した。火山による影響である。
〜独立行政法人農業環境技術研究所による「火山国ニッポンと土壌肥料学」というコラムより紹介します。

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日本は火山国である。専門家によれば、日本の中に活火山は86個もあるという。火山灰は、火山の噴火規模が大きければ、かなり上空まで噴き上げられ、偏西風にのって遠くまで運ばれる。約4万年前に大爆発した阿蘇山の火山灰は、日本列島各地に広く、遠くまで運ばれ、降り積もった。最近の調査によれば、この時の阿蘇火山灰は、なんと北海道まで達しているという。北海道東部の土層には、厚さ約10cmの阿蘇カルデラ由来の火山灰土層が確認されている。自然力の絶大さと驚異を感じる。
このように、日本列島には、太古から、何度も火山灰が降り注いでいるが、とくに多量の火山灰が積もった場所には 「黒ボク土」 が生成した。

土壌のでき方には、おおよそ二とおりある。一つは、岩石が自然風化してできるプロセスで、数万年単位の時間を要する。もう一つは、地上に降下した火山灰が風化してできるプロセスで、こちらは数千年単位であり、時間は短い。日本には、火山灰の風化物からできた土壌が多くある。とくに北海道、東北、関東、九州には、いわゆる黒ボク土とよばれる火山灰土が広く分布している。

黒ボク土に多く含まれている活性アルミニウムと粘土のアロフェンは、リン酸との結合力がきわめて強くて、ひとたび結合したリン酸を容易には解放しない。土壌は、一般に、リン酸と強く結合するが、黒ボク土の場合は他の土壌に比べてとくに強くリン酸と結合する。このため、黒ボク土では、植物がリン酸欠乏になって、生育がきわめて悪くなってしまうのである。

前述のように、黒ボク土には大きな欠点があって、このことが、農耕地としての開発を困難にしてきた。弥生時代に日本列島に伝来したとされている水田稲作の伝播についても、黒ボク土地帯を避けて移動したことが知られている。日本のもっとも古い水田の遺跡は、九州北部の玄界灘沿岸の平野に集中しているが、これは、土壌の性質との関係がきわめて深い。すなわち、九州北部のこの地域は、大陸に近いということもあるが、この地帯の土壌は火山灰の影響が少ない玄武岩や花崗岩の風化物からできており、水稲がつくりやすい土壌である。

また、西から進んできた水田稲作が、静岡付近(登呂遺跡)で、かなりの長期間にわたって停滞したことが知られているが、これも土壌との関連で説明できる。すなわち、静岡東部の平野から北には日本列島に横たわる大きな黒ボク土の壁がある。この壁に阻まれて水田稲作の拡大はここで停滞し、関東地方やそれ以北への伝播が遅れたのである。
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火山活動が活発だった関東、東北は同時に縄文時代の採集対象である落葉樹林の地帯であり、同時にサケマスが取れる一大漁労地域でもあった。
その地域の土壌は黒ボク土で覆われており、農耕はしたくてもできない、あるいは生育が乏しく農耕には適していない土地であったのだ。
日本列島が農耕に依存しなかったのはむしろ火山列島ゆえにかなり技術が進んだ後代でなければ、できなかったと見る方が自然かもしれない。
しかし裏返せば、農耕以外の方法で食料を確保しなければならず、自然の恵みに左右される採取生産を極限まで高める考え方や技術は育まれ、それが自然の摂理を重んじる日本人の縄文体質を形成していったのだと思う。

⇒リンクには地図があり、そこに黒ボク土の範囲が載っています。リンク
 
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