実現論を塗り重ねてゆく
245345 2/6なんでや劇場(3) 5500年前、イラン高原で最初の戦争(略奪闘争)が勃発
 
冨田彰男 ( 47 兵庫 経営管理 ) 11/02/08 PM06 【印刷用へ
【資料】
@「■コーカソイドの部族移動」図解リンク
A「■Y染色体亜型の世界的分布」地図リンク

【参考】
「ギリシア〜ローマ史まとめ@ 8000年前〜4000年前 略奪戦争の勃発、クレタ文明の登場」245313

●印欧語族がいつ、どこに姿を現したのか?

Y染色体亜型分析による説では、印欧語族Rはロシア南部に6400年前に登場したということになっているが、これは事実か?(Y染色体亜型分析がミトコンドリアDNA解析に代わって民族の起源を調べる最有力な方法になっているが、分子時計法による分岐年代推定は、かなりの誤差(説によって3〜5倍もの開き)が見られるので、当てにならない)

その前提で、印欧語族の登場を仮説化すると、次のようになる。

この地域(コーカサスからロシア南部)の特殊性は、北緯35度以上では温暖化に伴って乾燥化し、寒冷化に伴って湿潤化するということ。
従って、コーカサスからロシア南部は6400年前の温暖期にはステップが北上してゆく。5700年前寒冷化に伴ってコーカサスは湿潤化し、人口が集中する。コーカサス語族Gやセム族Jをはじめとする様々な部族が集中したはずであるが、その中に5500年前、印欧語族Rが登場する。つまり、コーカサス語族Gやセム族Jが占拠してきたコーカサス地方に、後から印欧語族Rがやってきたわけである。

そこでの主要な生産様式は農耕(+牧畜)であるが、人口集中にもかかわらず農耕地は限られている。当然、はみ出される部族が登場し四散することになる。特に、東のイラン方面や南のメソポタミアに向かった部族が多かっただろう。イラン高原やメソポタミアは元々からセム族が支配している。

ここでの焦点は、人類最初の戦争は、いつどこで起こったのか? コーカサスか?メソポタミアか?イラン高原か?

コーカサスにやってきた部族はそれまで部族(=共同体)として生きてきた。それが食糧危機で移動しなければならなかったとしても、いきなり戦争にはならない。それまで人類は共同体として生きてきて戦争をしたことがないのである。そこには人類同士が殺しあってはならないというタブーが働いていた。従って、戦争が起きるにはそのタブーを突き抜ける強力な圧力が必要である。

結論から言えば、人類最初の戦争はイラン高原で起こったと考えられる。

前提条件として、メソポタミア・コーカサス・アナトリアの生産様式は農耕が中心で一部牧畜である。それに対して、イラン高原は遊牧がほとんどで、一部オアシス農耕が行われている。

農耕と遊牧では土着に対する決定的な違いがある。
農耕では食糧が減ってもギリギリまで土地にへばりついて動かないのに対して、遊牧は簡単に移動する。故に、農耕部族同士の戦争は起こりにくく、従って、遊牧部族が農耕部族を攻撃したのが戦争の始まりだろう。
但し、黄河や長江もそうだが、チグリス川などの大河の周辺では大量の農民が暮らしているのに対して、遊牧部族は少数なので簡単には攻撃できない。一度は成功したとしても次は叩き潰される。

ところがイラン高原では、農民は少数のオアシス農耕民だけである。そのオアシスに遊牧部族が集中してきたに違いない。まだ戦争(殺し合い)のタブーが働いているので、すぐには戦争は起こらないが、睨み合いになるのは必然である。その間に次々と遊牧部族がやってくる。そして、食糧危機が限界に達し、飢え死寸前まで追い詰められた部族から突撃が始まる。それを見た周辺部族も突撃を開始し、皆殺し戦争が始まる。これが人類最初の戦争の起源である。

ここで重要なことは、誰が勝っても誰が敗けても、殺し合いから逃げ延びて略奪集団(山賊・泥棒)に転じた者たちが大量に発生したことである。
彼らは元々遊牧なので簡単に移動する。わずか10〜30年間で、略奪集団がメソポタミア・コーカサス・アナトリアへと拡散する。山賊や泥棒集団が周辺をウロウロするということであり、中東全体に緊張圧力が働くことになる(当時シュメールに作られた物見櫓は、この略奪集団に備えたものである)。こうして、5500年前のイラン高原での最初の略奪闘争(戦争)をきっかけとして、略奪集団と緊張圧力が中東全体に伝播した。

この略奪集団の襲撃を受けた後では、シュメールでも都市国家間の争いが戦争に発展するのは当然である。こうしてシュメールでも城壁都市が作られるようになる。
 
  List
  この記事は 245334 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_245345
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
316689 Y遺伝子研究から、現生人類は、7.5万年前、5万年前、4〜8千年前にボトルネックがある。特に4〜8千年前は男子の数のみが激減 麻丘東出 16/06/24 PM11
246461 クルガン仮説補足 井上宏 11/03/01 AM08
245648 イラン高原の歴史(1)〜エラム文明以前の歴史 田野健 11/02/14 AM00
戦争の起源〜人類史上初の戦争は、5500年前、イラン高原で勃発した! 「縄文と古代文明を探求しよう!」 11/02/12 PM10
245503 日本人が残虐だから大規模虐殺に至ったのではない 〜「数学者の新戦争論」より〜 竹村誠一 11/02/11 PM02
2/6なんでや劇場(3) 5500年前、イラン高原で最初の略奪闘争(戦争)勃発 「日本を守るのに右も左もない」 11/02/11 PM00
245346 2/6なんでや劇場 3500年前、コーカサスと地中海は略奪部族の支配国家と山賊・海賊だらけになった 冨田彰男 11/02/08 PM06

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
ゴリラ、テナガザル、オランウータンと人類
サルからヒトへの足の指の変異:『地上生活順応説』には物証もなければ論理的反証が多すぎる
ヒトはいつから言葉を話し始めたのか(2)
人類史を追求する意義と視点
原基構造の不変部分と可変部分
地球の気候変動と人種移動
モンゴロイドの歴史@ 20万〜4万年前 スンダ・モンゴロイド、北方モンゴロイドの誕生
モンゴロイドの歴史A 4万〜1.3万年前 中央アジア・モンゴロイドの誕生と拡散
モンゴロイドの歴史B 1.4万〜1万年前 スンダ・モンゴロイドの拡散
モンゴロイドの歴史C 1万年前〜6000年前 新モンゴロイドの誕生と拡散
モンゴロイドの歴史D 5500〜3000年前 寒冷化→新モンゴロイドの本格的な南下→中国へ
モンゴロイドの誕生と北方への進出
南方モンゴロイドの拡散と新モンゴロイドの誕生
北方モンゴロイドの拡散(ツングース族、モンゴル族、テュルク族の起源)
家畜化と農耕と遊牧、都市国家1〜家畜化と社会余剰〜
家畜化と農耕と遊牧、都市国家2〜家畜化と社会余剰〜
牧畜によって何が変わったのか?
遊牧によって何が変わったのか?
交易によって何が変わったのか?
遊牧部族の父系制転換
中国文明の起源
遊牧民の中国支配史2: 〜夏・殷・周の成立〜
遊牧民の中国支配史3: 〜春秋戦国時代・秦〜 550年間にわたる遊牧部族同士の同類闘争が、心を歪ませ、思想を発達させた
遊牧民の中国支配史4:漢の時代〜冊封体制と朝貢制によって中国史上初の私権統合体制を実現した漢帝国〜
遊牧民の中国支配史5: 〜五胡十六国・南北朝の時代〜 400年に渡る戦乱により、血縁を紐帯とした部族集団が悉く解体され、現代中国の原型=3層の人民構成が形成された
中国とは何者か?−ヨーロッパとイスラムと中国−
潮流1:共認原理と私権原理
2600年前頃、古代宗教・思想の世界同時成立期・・・・そして大転換期の現代
1万年前以前の極寒期には南欧以北の欧州は無人だった
原欧州人とシュメール人の出自
5500年前、イラン高原で最初の略奪闘争(戦争)が勃発
3500年前、コーカサスと地中海は略奪部族の支配国家と山賊・海賊だらけになった
2900年前、海の民の侵略で地中海沿岸の部族共同体は崩壊
略奪集団であるが故に自我の塊になった西洋人
西洋人の精神構造と異常な性意識

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp