人類の起源と人類の拡散
245334 2/6なんでや劇場(2) 原欧州人とシュメール人の出自
 
冨田彰男 ( 47 兵庫 経営管理 ) 11/02/08 PM03 【印刷用へ
【資料】
@「■コーカソイドの部族移動」図解リンク
A「■Y染色体亜型の世界的分布」地図リンク

●1万年前から温暖化し、7800年前からは最温暖期に入る。
それ以前に、アナトリアやギリシアに居たのは黒人である。そこに1万年前以降、セム族Jやハム族Eが登場し、アナトリアやギリシアに移動してきた。

欧州に北上してきた原欧州人はI型(北方はI1、やや南方にI2)。巨石文化を築いたのも彼らである。その後やってきた印欧語族Rが欧州中心部を占め、Iは北欧や南欧の端に追いやられたというのが、Y染色体分析から見えてくる事実である。

北欧に追いやられたIはN(東南アジアで発生したモンゴロイドか?)と混血した。その典型がフィンランド。
南欧の端に追いやられたIを何人と呼ぶべきか?

現在のケルト人は印欧語を話すが、それは印欧語族に征服された結果であって、元々から印欧語をしゃべっていたわけではない。ケルト訛りがあることが印欧語よりも古い言語であることを示している。また、ケルト人は氏族共同体的な風習の名残を残している。このことから、ケルト人は印欧語族が侵入してくる前の原欧州人だと考えられる。

「ケルト人は印欧語族ではないか?」と混乱しがちだが、その混乱の源は、2000年前ローマ人がガリアにいた部族を「ケルト」と呼んだことにある。ローマ人が名づけた2000年前の「ケルト人」は印欧語族である。中心地のローマからみて辺境の全部族を野蛮人と総称し「ケルト人」と呼んだにすぎない。

逆に言うと、元々は「ケルト」という名称は、印欧語族の欧州侵入以前に欧州全域に広がっていた部族を指す呼称だと考えられる。従って、他に有力な証拠が見つかるまでは、印欧語族侵入前にいた原欧州人Iをケルト人と呼ぶこととする。

●イラン高原で登場したKが原シュメール人(黒人)。それがアナトリアに移動してセム族Jとハム族Eと混血し、6500年前の温暖期により肥沃なメソポタミア下流域に移動した。そして1万年前以前からメソポタミアに住んでいたウバイド人(黒人)と混血したのがシュメール人である。つまり、シュメール人とは、セム族Jやハム族Eの血が混じっているとは言え、ほぼ黒人であると考えてよい。実際、シュメール人は自分たちのことを「黒い頭」と呼んでいる。

しかし、シュメールは4000年前にセム族によって乗っ取られる。4380年前にシュメール都市国家にセム族が侵入。セム族がアッカド建国。4200年前にはシュメールが再び奪い返すが、4000年前にはセム族がバビロニア建国。メソポタミアのシュメール人は絶滅し、それ以降メソポタミア地方はセム族に支配されることになる。

生き残ったシュメール人が、彼らの植民地であるインダスへ流れていった(シュメールとインダスが頻繁に交流していたことから考えても、インダス文明があった現在のパキスタンは人口の90%がイスラム教徒になっていることから考えても、メソポタミア〜インダスは行き来が頻繁な地域であった)。このシュメール人とインド原住民の原モンゴロイドの混血がドラヴィダ人だと考えられる。

その後、ドラヴィダ人はインダス文明を放棄して拡散していった。学説ではインダス文明消滅の理由は乾燥化説や洪水説で、アーリア人に攻められたのではないという説が主流だが、もう一方に残る次の事実は捨象されたままになっている。

インダス遺跡の一つモヘンジョダロは「死者の谷」と呼ばれ、大量の死体が発見されている。皆殺しに近い殺戮があったわけだが、それはアーリア人の仕業ではないとすれば、誰がドラヴィダ人を殺したのか?
⇒それもシュメール人ではないか。
セム族に攻められ、メソポタミアで皆殺しにされて命からがら逃げ出したシュメール人が恐怖に駆られたまま植民地インダスに押し寄せてドラヴィダ人を皆殺しにしたのではないだろうか。
 
  List
  この記事は 245329 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_245334
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
246104 【仮説】モヘンジョダロはハラッパー中心のインダス文明とは別物である。 田野健 11/02/21 PM09
2/6なんでや劇場(2) 原欧州人とシュメール人の出自 「日本を守るのに右も左もない」 11/02/10 PM07
245345 2/6なんでや劇場(3) 5500年前、イラン高原で最初の戦争(略奪闘争)が勃発 冨田彰男 11/02/08 PM06

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

「合同板」必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
前夜の意識状況1 答えがないので、課題捨象
前夜の意識状況2 課題を捨象して充足収束=充足基調
前夜の意識状況3 無用となった感応観念(価値観念や規範観念)
観念捨象の実践模索では足りない=観念を必要とする地平
構造認識の現況1 否定意識や自我観念から脱却できない近代人=現代人
構造認識の現況2 特権知識階級の商売道具と化した「構造認識」
構造認識の現況3 既成観念の全的否定
思考次元1 潜在思念の実践思考
思考次元2 否定意識の倒錯思考
思考次元3 本能⇒共認⇒観念の超越思考(構造認識)
全てのネックは「答えを出せない」という一点にある
現代意識潮流と戦略ターゲット
必要意識⇒課題意識には、不全発と可能性発の二通りある!
不全発の『変革の必要』から、実現発の『認識の必要』への大転換
観念パラダイムの逆転1 現実捨象の倒錯観念から、観念捨象の現実直視へ
観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
観念パラダイムの逆転3 現実とは、人々の意識である
観念パラダイムの逆転5 現実、その下部意識と上部意識
観念パラダイムの逆転6 残る観念は、頭で塗り替えたら終い
観念パラダイムの逆転7 新しい認識だけが、現実を変えてゆく
新パラダイムの点検1 現実の壁を対象化できるか?
新パラダイムの効用1 現実否定の鎖を断ち切って、プラス活力の上昇へ
新パラダイムの点検2 可能性と不全(肯定か否定か)
新パラダイムの点検3 可能性or不全の源を対象化し続ける源泉
社会収束1 評価共認が生み出す同類圧力
社会収束2 私権圧力を超えた外向収束の潮流
新しい潮流8 現実を対象化するための概念装置
『必要か、必要でないか』という真っ当な判断の土俵が出来てゆく
必要か否かの『判断の土俵』が、国家と市場を呑み込み、解体し、再統合してゆく
新しい可能性が顕在化するとは、どういうことか?
新しい『場』は、古い評価指標の洗礼を受けて、はじめて顕在化する
実現の論理
実現論は、易しいけど難しい
行動方針4 まず身近な職場を改革してから、社会をどうするかを提示せよ
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
大衆の期待の変化に応じて統合力も変わってゆく
大衆には、運動を立ち上げる余力が無い→余力を与えられた悪徳エリートが支配する社会
金貸し勢力の弱点と自滅の構造
金貸しと悪徳エリートに止めを刺すのは?

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp