実現論を塗り重ねてゆく
245156 『異相のヨーロッパ』、自我収束⇒正当化・騙しの観念収束
 
井上宏 ( 40代 新潟 建築コンサル ) 11/02/04 PM03 【印刷用へ
>日本人・中国人・インド人・イスラム人が共認収束⇒規範収束したのに対して、西洋人は自我収束⇒観念収束⇒唯一絶対神に収束したのである。(239607)

西洋以外の地域が、社会の安定を求めて規範収束していったのに対して、西洋は共同体を失い、個人の自我に収束し、自我にもとづく観念を構築していった。
それは世界の中ではまさしく“異相”と呼ぶのにふさわしい。

西洋人の観念収束は、ギリシャに遡るが、それは自我にもとづく自己正当化と騙しのための観念収束だった。

『異相のヨーロッパ』の紹介文 リンク より
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面白いことをいっている。ギリシャの奴隷制度が、現在の欧米人のものの考え方の底流をつくっているというのだ。奴隷は、ふつうの人間以下の存在である。自分ら以外のひとびとを、人間以下と見なすことを、別に不思議と思わない感性が欧米人にある。そのようなものの見方が、ギリシャの奴隷制を起源として、ヨーロッパ人にずーっと受け継がれて、今日に至っている、というのである。

 その後、奴隷制度はなくなった。しかし、身分、階級、職業の貴賤、人種、宗教などの違いに起因する差別意識が、非ヨーロッパ人とは違う色濃さで、ヨーロッパ人に脈々と残ってきた。

 ヨーロッパの多くの国で、貴族の身分が残っている。代々受け継がれた職業による、生まれつきの階級意識が厳然としてある。肉体労働者や職人と、知的仕事や管理職につく人との間の、階級差別は社会的に当然視されている。キリスト教徒は、非キリスト教徒を、あるいはキリスト教国の人は、非キリスト教国の人々を、異教徒として、見くだしている。植民地化が進んだ時代には、進出した地域の原住民を、人間以下のものとして、平気で征服し、殺戮し、奴隷化した。そうしてアメリカの原住民、アフリカ人、アジア人は、ヨーロッパ人より劣る人種として、陰に陽に、見くだされてきた。

 このような差別意識が、もとを辿れば、ギリシャの奴隷制度から発しているというのが、著者の着眼点である。そして、今世界で起こっていること、特にアメリカがイラクに侵攻し、そこでやっていることは、欧米人が受け継いできた奴隷制的差別意識の現れであり、その意識のもとになされてきた血なまぐさい歴史の延長線上にあるとする。

 古代エジプトにも、古代アジアにも奴隷制はあった。だのになぜギリシャの奴隷制度なのか。著者は、それにはっきりとは答えてはいないが、たぶんこういうことなのだろう。ギリシャになって、はじめて思想が芽生えた。ものごとの成り立ちと、人のあり方を考え、体系化する作業がなされた。また政治制度としての民主主義が始まった。プラトンやアリストテレスに代表される政治思想が生まれた。人間と社会とについて,自省的に考えるようになったときに、身の回りに、日常的なものとして、奴隷がいた。ところが奴隷なるものの存在は、道具みたいなものとして無視されたり、あるいは先天的に劣った人が奴隷になるのだという風に理論的基礎づけがなされた。ヨーロッパ人のものの考え方の源流といえるギリシャ思想の中に、人を奴隷としてみる考え方、すなわち差別意識が、ビルトインされ、その後のヨーロッパ人のものの考え方の鋳型になった。背骨になった。

 もう一つのヨーロッパ人のものの考え方の源流はキリスト教である。そのキリスト教の考え方のもとでも、異教徒を、神に敵対するもの、神の救いからはずれたものとして、人間以下の存在と見なす差別意識が残った。漠然とした意識としてだけではなく、アウグスティヌスやトマス・アクィナスらによって、異教徒差別の理論的基礎づけがなされた。その神学思想が、植民地時代に、原住民の殺戮や奴隷化を正当化するのに援用された。その考え方の脈流は、今アメリカのキリスト教原理主義者たちの反イスラム感情の中に生きている。
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(引用以上)

古代ギリシャやその後の西洋は、奴隷を酷使し、使い捨てにしながら、一方で民主制やキリスト教の隣人愛、近代思想・人権思想を生み出した。

このような観念・制度のダブルスタンダードは、他の文明地域や未開地域にとっては、想像だにしないもので、それ故に近代以降世界は、西洋に簡単に騙され蹂躙されていった。環境問題・金融etc、現代もその延長上にあるように思う。

次代は、このような架空観念を乗り越え、世界の大多数が依拠してきた共同体にもとづく実体観念・制度の構築が課題になるのではないだろうか?
 
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