西洋医療と東洋医療
244745 江戸に学ぶのは、「環境問題解決の鍵は、思想・共認充足にある。」ということ。
 
長谷暢二 HP ( 43 山口 農業 ) 11/01/28 PM04 【印刷用へ
 これからの日本、社会を考える上で、自然の摂理に則ったエネルギー循環的な生産(農業etc.)、社会をどう築くかという課題は、不可欠になります。
 そこで、まずは、それに近かった社会を実現していたとされる江戸時代の生産、エネルギーについて調べてみました。
 このるいネットを初め、様々のサイトで、多くの視点、事例で取り扱われていますが、あらためて、江戸時代という歴史の一期間だけでなく、歴史貫通的に捉えてみると、エネルギー問題、環境問題というのは、技術の問題ではなく、思想・共認の問題であるということに気づきます。そして、突き詰めれば、如何に、共認充足に溢れた社会システムを構築するかという課題に収束すると言っても過言ではないと思います。

以下、
「江戸時代の生活」
リンク
からの引用です。

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■江戸はソーラー都市
江戸は太陽のエネルギーを様々な形に変え、その恩恵を最大限に受け、化石燃料に頼らないソーラー都市だった。

 生活に必要な燃料は武蔵野に広がるクヌギ、コナラなどの雑木林から採れる薪や木炭が使われました。

 もともと武蔵野は、奈良時代には万葉集にも詠まれているように、照葉樹の密林だった。その豊富な薪で製鉄の大工業地帯があったという記録がある。

 8世紀に高麗からの渡来人が入植すると、「火田法」(焼畑農法)により、森林は焼かれ放牧地や農地に変わっていった、一部水の便が良いところは人口も増え繁栄したが、全体はススキの原と成り果ててしまった。本格的に開発されたのは、徳川家康の時代であった。
 家康の入国以来、神田上水、玉川上水の開発によリ農業用水が確保されると、武蔵野原野は開発が進み、享保年間(1716〜1736)には武蔵野原野は完全に消滅した。
 農家は、防風林として、堆肥の材料に落ち葉を使うため、薪をとるため、クヌギやコナラを植林し、20年〜30年で一人前の雑木林になった。武蔵野の面積の20〜30%はこうした雑木林となり、江戸の燃料の供給源となった。

 江戸時代には九州ですでに石炭が掘られ、新潟でも石油や天然ガスが採掘され,燃料や照明として使われていましたが、江戸の市民生活はもっぱら、薪と木炭、それに木炭の粉をふのりや海草で固めた豆炭を、煮炊き、火鉢やこたつによる暖房に使いました。 

 現代の枯渇寸前の化石燃料と違い、太陽エネルギーを20年〜30年蓄えては使うことで、長期に継続可能なエネルギーシステムとなった。

          ----中略------

 奈良時代以降の自然破壊のツケで17世紀の中頃までに日本の原生林はほとんど無くなってしまい、今と同じように 森林は荒廃していました。樹木の無くなった山からは土壌が流れ出し、少し大雨が降ると洪水が起き、降らないと川が干上がってしまう、水質は悪くなるし、川や沿岸からは魚介類が減ってしまった。

 江戸幕府は全国に造林を推奨した。

 造林された広葉樹の森では枯葉、昆虫、鳥、ミミズ、バクテリアなどが肥沃な土壌を作った。もっとも厚さ1cmの良質の土壌が出来るのに100年かかるそうが、良質の土壌は大量の水を保水し、栄養豊かな水を川に供給した。良質の土壌はまた良い樹木を育て、樹齢200年のブナは8トンの水を蓄えると言われるように、森林が緑のダムとなった。1ヶ月くらいまったく雨が降らなくても、川も水田も十分な水に満ちていた。栄養の有る水が海に注ぐと沿岸には多くの魚介類が育った。
 水辺リにも積極的に森林を造林した。そうすると魚が多く獲れるらしい。

 こうした森林と土壌と川や沿岸の魚貝類の成育との関係は寺子屋でも教えたらしく、教材が残っている。
 森林を守ることが、日常生活に必要な「読み書きそろばん」と同じく重要視されていたのは、
特筆すべきことだ。

         ---中略----

 天照大神の神話を持ち出すまでも無く、太陽エネルギーが全てなのです。
 自然科学の知識が今より劣っていたと思われる江戸時代の方が、はるかに理想に近いエコロジー社会だったと言うのは、大いに参考にすべきです。
 
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引用終わり

つまり、日本は、8世紀頃にやってきて日本の支配層となった勢力の思想で、自然破壊をすすめ、国土を荒廃させた歴史を持つ、それが、江戸時代になって、おそらくは、残存していた身近な共同体と共同体質を生かして、当時の世界でも他に例のない、治安が良く、清潔で、教育も行き届いた社会を築き、自然破壊から一定程度回復させている。
 決して、この時代に、環境問題を解決するような技術革新があったわけではなく、多くの人が共認充足を得られる社会システムであったからこそ、循環的な社会が実現されたと言えるのではないか。この時代に、世界的には、欧米列強が、世界市場拡大へ邁進して行く大きな波の中で、日本独自の循環的な社会を築いたことは、驚くべきことであり、現在の世界情勢の中での、日本の進むべき方向を示唆していると思われます。

 そして、1つ追求すべき課題として浮かび上がるのは、日本人の起源にも関わる事柄ですが、この江戸を築いた家康や徳川家の思想・発想が、どこから来ているかということです。
 その出自は、諸説紛々で、未明ではありますが、信長や秀吉のように、権力を握ると、すぐに、朝鮮への出兵(侵略)を企てるのに対して、そうではなく、日本という限られた国土の中で、循環的で平和的な社会を目指す思想は、明らかに出自は異なるでしょう。素直に考えれば、江戸のような社会を築ける基盤があるのなら、他国を侵略する必要などないはずです。
 朝鮮出兵については、かつて、大陸での闘争に敗れて、日本列島へ逃れて来て、日本での支配者になった勢力が、祖国の奪還を目指した行動だと捉えることもできます。しかし、その思想ではうまく行かないということです。
 
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252708 江戸時代に豊かな循環社会が形成されたのは、寺子屋での実学教育によるところが大きい。 松尾茂実 11/06/08 PM05

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