現代意識潮流を探る
244561 市場資本主義に寄生している経済紙の記者も市場の行き詰まりを認めざるを得なくなった?
 
G線上のアリア ( 35 滋賀 技術者 ) 11/01/24 PM05 【印刷用へ
ここ数年は、サブプライムローン問題(2007年)、リーマンショック(2008年)、クライスラー・GM経営破綻(2009年)、ギリシャ危機(2010年)等の市場資本主義経済の行き詰まりを露呈する問題が相次いでいる。

これらの問題が露呈し始めた当初は、市場資本主義経済の存続は大前提であり、“行き過ぎ”の制御を課題とする論調が多く、“行き詰まり”と認識して、市場資本主義経済からの転換を模索する姿勢は異端視されていた。

しかし、一向に解決策が見えないどころか、ますます混迷の度合を深める世界経済情勢を受けて、市場資本主義経済ありきを見直さざるを得ない状況になっており、市場資本主義に寄生している経済紙の記者のスタンスにも変化が見られる。

――――――――↓↓引用開始↓↓――――――――
日本は世界で最も成功した社会なのだろうか? こんな問いかけはもうそれだけで馬鹿にされるだろうし、朝食をとりながらこれを読んでいる皆さんはププッと吹き出してしまうのだろう(まあ最初からそのつもりで聞くわけだが)。日本の社会は成功例なのか、だって? そんなのは、日本の経済停滞や財政赤字や企業の衰退について散々聞かされてきたことの正反対じゃないか。

日本をどう思うか、韓国や香港やアメリカのビジネスマンに尋ねてみれば、10人中9人が悲しげに首を振るだろう。ふだんならバングラデシュの洪水被災者に向けるような、痛ましい表情を浮かべて。

「あの国は本当に悲しいことになっている。完全に方向を失ってしまっている」 これはシンガポールのとある高名な外交官が最近、筆者に語った言葉だ。

日本の衰退を主張するのは簡単なことだ。名目国内総生産(GDP)はおよそ1991年レベルにあるのだから。日本が失ったのは10年はおろか、おそらく20年にはなるのだろうと思い知らされる、厳粛な事実だ。JPモルガンによると、1994年時点で全世界のGDPに対して日本が占めた割合は17.9%。それが昨年は8.76%に半減していた。ほぼ同じ期間に日本が世界の貿易高に占めた割合はさらに急落し、4%にまで減っていた。そして株式市場は未だに1990年水準の約4分の1でジタバタしている。デフレはアニマル・スピリットを奪うものだ。日本は「魔法」がとけてしまったのだとよく言われるし、投資家たちは、日本企業がいつの日かは株主を最優先するようになるという幻想をついに諦めた。

こういう一連の事実はもちろん何がしかのことを語っているのだが、それは実は部分的な話に過ぎない。日本について悲しげに首を振る人たちの思いの裏には、前提となる思い込みが二つある。うまく行っている経済というのは、外国企業が金儲けし易い環境のことだ——という思い込みがひとつ。その尺度で計れば確かに日本は失敗例で、戦後イラクは輝かしい成功例だ。そしてもう一つ、国家経済の目的とはほかの国との競争に勝つことだ、という思い込みもある。

別の観点に立つなら、つまり国家の役割とは自国民に奉仕することだという立場に立つなら、かなり違う光景が見えてくる。たとえ最も狭義の経済的視点から眺めたとしても。日本の本当の業績はデフレや人口停滞の裏に隠れてしまっているのだが、一人当たりの実質国民所得を見れば(国民が本当に気にしているのはここだ)、事態はそれほど暗いものではなくなる。

野村証券のチーフエコノミスト、ポール・シアード氏がまとめたデータによると、一人当たりの実質所得で計った日本は過去5年の間に年率0.3%で成長しているのだ。大した数字には聞こえないかもしれないが、アメリカの数字はもっと悪い。同期間の一人当たり実質国民所得は0.0%しか伸びていないのだ。過去10年間の日米の一人当たり成長率は共に年0.7%でずっと同じだ。アメリカの方が良かった時期を探すには20年前に遡らなくてはならない。20年前はアメリカの一人当たり成長率1.4%に対して日本は0.8%だった。日本が約20年にわたって苦しんでいる間、アメリカは富の創出においては日本を上回ったが、その差はさほどではなかった。

GDPだけが豊かさの物差しではないと、日本人もよく言いたがる。たとえば日本がどれだけ安全で清潔で、世界でも一流の料理が食べられる、社会的対立の少ない国かを、日本人自身が言うのだ。そんなことにこだわる日本人(と筆者)は、ぐずぐず煮え切らないだけだと言われないためにも、かっちりした確かなデータをいくつかお教えしよう。日本人はほかのどの大きな国の国民よりも長く生きる。平均寿命は実に82.17歳で、アメリカ人の78歳よりずっと長い。失業率5%というのは日本の水準からすると高いが、多くの欧米諸国の半分だ。日本が刑務所に収監する人数は相対的に比較するとアメリカの20分の1でしかないが、それでも日本は世界でもきわめて犯罪の少ない国だ。

昨年の『ニューヨーク・タイムズ』に文芸評論家の加藤典洋教授が興味深い記事を寄稿していた。加藤氏は日本が「ポスト成長期」に入ったのだと提案する。ポスト成長期の日本では無限の拡大という幻想は消え去り、代わりにもっと深遠で大事な価値観がもたらされたのだと言うのだ。消費行動をとらない日本の若者たちは「ダウンサイズ運動の先頭に立っている」のだと。加藤氏の主張は、ジョナサン・フランゼンの小説『Freedom(自由)』に登場する変人の物言いに少し似ている。ウォルター・バーグランドという勇気ある変人は、成熟した経済における成長 (growth)とは成熟した生命体における腫瘍(growth)と同じで、それは健康なものではなくガンなのだと主張するのだ。「日本は世界2位でなくてもいい。5位でなくても15位でなくてもいい。もっと大事なことに目を向ける時だ」と加藤教授は書いている。

日本は出遅れた国というよりはむしろモデルケースなのだという意見に、アジア専門家のパトリック・スミス氏も賛成する。「近代化のためには必然的に、急激に欧米化しなくてはならないという衝動を、日本は克服した。中国はまだこの点で遅れているので、追いつかなくてはならない」。スミス氏は、非西洋の先進国の中で独自の文化や生活習慣をもっとも守って来たのは日本だとも言う。

〜後略〜
――――――――↑↑引用終了↑↑――――――――
「成長するばかりが人生ではないと気づいた日本 2011年1月7日(金)08:00
(フィナンシャル・タイムズ 2011年1月5日初出 翻訳gooニュース) デビッド・ピリングリンク」 より

上記の引用文の筆者は、2年前の2009年3月に「イノセントな昔を懐かしむ日本リンク」という記事で、日本人が世界金融恐慌を受けて、市場主義導入以前の社会システムに言及する事に対して、皮肉たっぷりに現実逃避であると書いていた。

今回の記事でも日本へのシニカルな姿勢は変わらない(上記記事の後略部分にも日本への皮肉がこめられている)が、経済情勢に対する見方は大きく変わっている。

言いっぱなしで節操のない記者という見方もできるが、そんな記者ですら、市場資本主義経済をヨイショできないほど、市場は末期症状に陥っていると言えるのではないだろうか。
 
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