人類の起源と人類の拡散
243368 ’10年末なんで屋劇場レポート5〜中国文明の起源
 
山澤貴志 ( 45 鹿児島 ITコンサル ) 11/01/03 PM06 【印刷用へ
● 中国の初期農耕文化の担い手は原中国人(O1、O2)

原中国人(スンダランド発のO1、O2が主体の元海洋民)は母系の農耕文化を開花させるが、次第にモンゴル高原の新モンゴロイドO3が南下して文化的影響を与えるようになる。

9000年前(or8500年前)に長江下流域で彭頭山文化(稲の栽培跡)が興り、河姆渡文化、大渓文化(7000〜5200年前)につながり、黄河中流域で粟の耕作やブタの飼育を中心とした裴李崗文化、及び後李文化が登場し、仰韶文化(〜5000年前)、大ブン口文化(6300〜4600年前)へとつながっていく。

この時期には、新モンゴロイド(トルコ族、モンゴル族、ツングース族)も遊牧を営んでいたと考えられる。

●新モンゴロイドの南下とチベット族の侵入によって母系から父系へ転換

5500年〜5000年前は寒冷・乾燥化の時期であり、父系氏族社会への過渡期だと言われており、黄河流域と長江流域で防御性の高い城堡が出現した。これは新モンゴロイド(トルコ族、モンゴル族、ツングース族)の南下による影響及び、タリム盆地からチベット高原に進出してきた印欧語族の遊牧部族によって押し出されて、黄河上流へ進出してきたチベット族の影響と考えられる。

黄河中下流域の龍山文化(4800年前〜4000年前)にはモンゴル族の影響が、紅山文化(5400年前〜4300年前)にはツングース族の影響が、黄河上流域の馬家窯文化(〜4700年前)、長江上流域の三星堆文化(5000年前〜3000年前)にはチベット族の影響が考えられる。

こうして、一方では父系転換と私有制が強まり、他方では、戦争圧力が強まる中、いわゆる中原地域において夏→殷→周の王朝が誕生し、中国私権文明の歴史が幕を開けることになる。

●初期中国文明は、西方のチベット族と北方のモンゴル族の中原を巡る覇権争い

夏王朝の主役は、チベット族とする説と、長江流域から北上した南蛮とする説があるが、チベット族は先に長江中流にも進出しており、制覇力となる武力の強さという点からもチベット族とみなして良いだろう。

殷については、夏に服属していたモンゴル族とする説と、西域からやってきたトルコ族とする説がある。3800年前頃の楼蘭の遺跡から、ヨーロッパ系白色人種の特徴を示すミイラが見られることから、白人の影響も無視できないが、中央アジアから起こった戦車の技術を取り入れるのはモンゴル族でもトルコ族でも可能である。むしろ殷が夏の体制をそのまま引き継いでいること、及び殷に起こった漢字の独自性や天信仰から見て、モンゴル族による政権とみるべきであろう。

更に、3100年前になると、殷に服属していた周族(トルコ族orチベット族)が羌族(チベット族)と協力してモンゴル系の殷王朝を滅ぼし、周を建国する。 

殷は羌族を生贄としたといわれるが、初期中国文明は、西方のチベット族と北方のモンゴル族の中原を巡る覇権争いだったということができるであろう。

● タミル人と弥生人は秦王朝から脱出を図った原中国人の末裔?

続く春秋戦国時代には、江南(呉越)の倭人が難民となって朝鮮や日本へ多数漂着したが、その後の秦王朝(2200年前)の専制政治にあって、日本へ計画的に脱出してきた徐福一派は男女児童3000人、30隻の大船団で最先端の軍備と職工と穀物種を携えて、日本各地に渡来してきたとされ、この計画的な殖民が日本の弥生文化に与えた影響は大きいと思われる。

また長江の最上流からはへインドへ脱出することも可能である。よく日本語とタミル語の親近性が議論されるが、タミル人はこの時期、インド南部に脱出した倭人勢力ではないだろうか?

● 隋・唐を作った鮮卑

その後の中国は、トルコ族・モンゴル族の混合軍とも言える東湖、柔然、匈奴、突厥、高車、丁零といった騎馬民族の南下圧力に押され続けることになるが、中でも、東湖から分かれた鮮卑はうまく中原に入り込み、漢人の漢を倒して、隋・唐を打ち立てていった。
この隋・唐の時代、日本は頻繁に遣隋使、遣唐使を派遣しており大和朝廷とのつながりも深い(ただし、隋の後の時代は鎖国)。大和朝廷を打ち立てた勢力=天孫族が扶余→初期朝鮮諸国(高句麗、百済、新羅)といったツングース族の一派であることから、鮮卑もツングース系ではないかと考えられる。何より鮮卑という名前が朝鮮北方の鮮卑山に由来していることからも、ツングースの可能性が高いが、鮮卑の元になる東湖がツングースの系譜に連なるのか、疑問な点も多く、この点は継続追求課題とする。
 
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