採集・漁撈・狩猟から栽培・牧畜・遊牧へ
241514 農耕と牧畜の起源〜マーヴィン・ハリス氏著『ヒトはなぜヒトを食べたか―生態人類学から見た文化の起源』〜
 
彗星 ( 中年 ) 10/12/01 AM00 【印刷用へ
[heuristic ways]のサイトより『農耕と牧畜の起源(リンク)』と題しての記事を転載します。遊牧に繋がる農耕・牧畜の起源を転載します。
---------------------------------------転載
マーヴィン・ハリス氏の『ヒトはなぜヒトを食べたか――生態人類学から見た文化の起源』(ハヤカワ文庫、1997年)は、去年私が読んだ中で最も衝撃的な本の一つだった。ハリス氏の説は「文化唯物論」として知られているが、氏は、たとえば16世紀のスペイン人が目撃した中米アステカ族の人身供犠(食人儀礼)の謎や、インドで牛肉食が禁じられ雌ウシが崇拝されるようになった理由を、「コスト=ベネフィット」の観点から解き明かそうと試みていて、こうした個別社会に関する具体的な分析はすごく鮮やかで刺激的である。ただ、私が衝撃を受けたのは、氏の議論が「農耕の起源」(第3章)や「戦争の起源」(第4章)から、「第一次国家の起源」(第7章)、「資本主義の起源」(第14章)まで、人類史の展開を、「再生産の圧力、生産の強化、環境資源の涸渇」という一貫した視点から解きほぐそうという壮大な理論的射程をもっていることだった。
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 私の目的は、物質的精神的幸福と、生産を増加させたり人口成長を統制したりするための各種システムのコスト=ベネフィットとのあいだの関係を示すことにある。過去においては、安全かつ有効な避妊方法がないために生じた抗いがたい再生産の圧力が、くりかえし生産の強化を導いてきた。こうした生産強化は、つねに環境資源を涸渇させ、一般に、新しい生産諸体系を生み出し、それらのそれぞれが、暴力、単純労働、搾取、残虐行為などの制度化を典型的な形で示している。再生産の圧力、生産の強化、環境資源の涸渇が、家族組織、財産関係、政治経済、食事の嗜好や食物禁忌を含む宗教的信仰などの進化を理解する鍵となるように思われる。
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 私が驚いたのはまず、農耕や牧畜の始まりが、「人間がみずから食料を生産できるようになった」というようなことを意味するのではなく、大規模な気候の変動(およそ一万三〇〇〇年前の氷河期の終わり)と、それに伴う森林の増加や草原の消失、そして大型動物群の絶滅等による「生態系の破綻」によって強いられたものだということだった。私は忘れていたが、これは西田正規氏がいう「定住革命」の時期とも重なっている。西田氏によれば、「食料生産(農耕)の開始によって定住生活が可能になった」のではなく、食料を大量貯蔵する必要が移動の制約をもたらし、それとともに「遊動生活を維持することが破綻した結果として」「定住革命」が始まった。そして植物栽培=農耕はそこから派生した、ということになる。

 ただ、ハリス氏は、旧世界(ユーラシア大陸)と新世界(南北アメリカ)における農耕への移行過程に、「重大な相違」を見出している。たとえばメキシコの「テワカン盆地の村落は、植物栽培が開始されてから数千年を経て初めて成立した。そして、こうした過程が南北アメリカを通じて一般的であった」のに対し、旧世界、たとえば中東では「人びとははじめに村落を作り、その二〇〇〇年後に、それまで行なってきた野生植物の種子の採集からさらに進んで、その植物の栽培を行なったのである」と。その理由について、ハリス氏は次のように考える。《思うに、二つの過程が別々なものであったのは、大型獣絶滅後の動物群や植物群落が、旧世界と新世界で異なっていたからである。》

 そして中東における農耕と牧畜の始まりについて、ハリス氏は次のような推測を述べている。
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 中東において農耕が発生した地帯には、野生状態のコムギ、オオムギ、エンドウマメ、レンズマメが存在していただけでなく、のちに家畜化されるヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシといった動物たちも生息していた。野生のヒツジやヤギの群れはコムギやオオムギの原種を含む野生のイネ科植物を主な食料としていたので、農耕以前の定住村落が穀物の密生する原野の真ん中に成立すると、いやおうなく村の近くで暮らすことになった。村人たちはイヌの助けを借りて、これらの群れの動きをコントロールすることができた。(中略)

 耕作の発達が遅れたのが植物についての知識がなかったからではないのと同様に、古代の諸文化が多数のヒツジやヤギをペットとして飼育したり食物その他の経済的ベネフィットとして利用したりすることができなかったのは、動物についての知識がなかったからではない。動物飼育を制限する主な要因はむしろ、捕獲した動物たちに餌を与えなければならなくなると、人間自身の食用となる野生の植物がすぐになくなってしまうということであった。しかし、穀物栽培によって新たな可能性が開けた。ヒツジやヤギは、栽培植物の刈り株など、人間の食用には適さない部分を食べてもよく育つ。こうした動物なら、囲いに入れ、刈り株をあてがい、乳をしぼり、選別して畜殺することができた。(中略)

 以上の理論は、旧世界ではなぜ植物栽培と家畜化が、時と場所を同じくして始まったのかということを説明している。
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 これに対して、メソアメリカのテワカンの人びとは、ヒユやトウモロコシの栽培に成功していたが、「馴化可能な群居性動物が、気候の変化と乱獲の結果、この地域ではすべて絶滅して」しまっていたため、「肉が食べたい場合には、獲物――主なものをあげると、森に住むシカ、ウサギ、カメ、その他の小動物や鳥――の季節ごとの習性に応じて身軽に移動する必要があった」。リャマやアルパカが、旧世界におけるウシ、ラクダ、ロバ、ウマのように「重い荷物を運搬するのに適した動物」ではなく、また、新世界では「車輪の技術を開発することができなかった」ということも、新世界で村落生活の出現が遅れた理由だろうとハリス氏は指摘する。

 西田正規氏とはやや違って、マーヴィン・ハリス氏は、「村落生活の出現」とは、「狩猟採集という食料獲得様式が強化された時に起こった動物資源の涸渇に対する反応だった」と主張するのである。
---------------------------------------転載終了
 
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