学者とマスコミはグルで頭脳支配
24125 仏教の対象認識 【受想行織】
 
浅野雅義 ( 34 滋賀 不動産 ) 02/02/16 AM03 【印刷用へ
 大分以前の大串さんへのレスになります(ずっと気になっていた内容で最近の論点にも役立てばと思います)。

22839
>これは仏教で自己を構成する5つの要素と呼ばれているものと似ていますね。たしか形象、感覚、認知、意志、意識、だったかな。仏教には恐ろしく深い心理学が組み込まれているので、ご存知の方がいらっしゃればご教示願いたいです。

 私も純粋な仏教理論は古代科学といっても良いのではないかと感じています。量子力学の最先端の研究者が、たしか法華経を読んで「最先端の研究の答えが2千年以上前に書かれている」と愕然とした話しも聞いたことがあります。

■仏教の対象認識 【受想行織】

<人間が対外的な対象を自分自身で受け入れるプロセス>

|【受】=対象を感覚で受けとめる
| ↓
|【想】=対象を頭の中で組み立てて想像する
心 ↓
|【行】=想像したことに基づいて行動を起こす
| ↓
|【織】=その結果、対象を明確に認識する



 【色】



「受想行織」の1サイクルがすなわち心(精神)という解釈です。そして、これに「身体=色」を加え、人間とはすなわち「五蘊(ごうん)=色受想行織」であると定義しています。

 おもしろいのは、対象認識のプロセスに【行】が入っていることで、行動を起こさないことには対象を認識できないい、という指摘です。これは、考えてみれば「探りを入れてリアクションをサウンドする」などの表現に代表されるようにビジネスの現場などでは当たり前に使われている認識とも言えます。

 対象と自己を行動でつなぐこと(働きかける)、確かにそれなしでは傍観者的、表面をなめるだけの認識に留まってしまいます。社会学でも「社会」をその外から観察するという自然科学的手法にこだわった時代もありましたが、その自然科学でさえ対象に全くの影響を与えずに「観察」することはできないことに気付いています(ミクロの世界では顕微鏡で対象を「見る」行為が既にエネルギーであり、確実に対象に作用する。これは【行】→【織】にあたるのではないかと思います)。

 そして正確に対象認識するためには、より多くの感覚情報を収集した方がよい(見る・嗅ぐ・触る・味わう)。つまり、より深い全的な働きかけが必要と言うことです。そして、【想】の段階ではできるだけ感覚情報を素直に組み立てる事(固定観念にとらわれない)。等々、まだまだいろんな視点はありそうです。

 そして、現在のるいネットにおける発信なども「社会」(というより集団や人間そのもの)を認識するには不可欠のプロセスではないかと感じています。何らかのアクションを起こし、その反応(リアクション)をサウンドする。様々な情報(プラス・マイナスと見える情報。しかし、これも解釈にすぎないですが)がサウンドされてくることこそ重要で、それなしには対象は認識し得ないし、認識できなければ変えようがない。

 反応によってこちらの意識も当然変わるということは反応をサウンドし続け、それに対して発信し続けることのプロセスそのものが社会を変化させているのではないかと思います。あるいは、発信だけでなく「読む」という参加行為も何らかの影響を与えていると考えられます。

 どんどん行動を起こし、走りながら(体験しながら)考えるというのは有効かなと感じています。次回、同じく「人間の意識構造」についても紹介したいと思います。

<「経営を活かす曼陀羅の智慧」松村寧雄著 ソーテック社 S59年 参照>

 
  List
  この記事は 22839 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_24125
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
24228 「行」の攻撃性 大串幹夫 02/02/17 PM04
24208 仏教思想「五蘊」について 末吉孝子 02/02/17 AM02

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
『生命と場所』より…生命観
遺伝子の共同体
「利己的な遺伝子」を切開する 1
「利己的な遺伝子」を切開する 2
現状の「科学的事実」と言われているものの怪しさ
現在の生物学には何が欠けているのか
怪しげな「検証」と、危なげな「定説」
事実の体系とは永遠に進化しつづけるもの
一面的な実験データやツールとしての定説に囚われていては事実を見誤る
事実追求のスタンス
専門家集団と事実
科学と社会
「科学的事実」というドグマ
近代科学と知の体系、再考
近代科学について
実証主義を超えて2
専門家集団の自己完結性にひきつけて2・・「丸山ワクチン問題」
原爆をつくった星少年たち 2・・「科学者独自の倫理」
科学者集団の特徴A
数量化できない自然
仏教の対象認識 【受想行織】
詭弁を説明しようとするから難解になってゆく
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(2) 学習観念が役に立たないのはなぜか?
狂気の近代科学技術
原発:近代科学原理主義者たちの産物
なんで、こんなことになってしまったのか?⇒科学者たちの信じられないアホさ加減
素人が創る科学の世界〜プロローグ『科学的認識はすべて仮説、その神格化が創造の壁』
『科学はどこで道を誤ったのか?』(1)プロローグ〜「科学技術は万能」という幻想を打ち砕いた福島原発災害〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(2)古代オリエントの時代〜全てが共認対象として一体であった精霊信仰から精神を上位とし物質を下位とする二元論へ
『科学はどこで道を誤ったのか?』(5)ルネサンス(14〜16c)〜自然魔術による自然支配観念の萌芽と、「科学」「技術」統合への流れ
『科学はどこで道を誤ったのか?』(7)近代の前夜〜「科学技術による自然の征服」という思想の登場〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(9)近代U〜国家体制に組み込まれ、専門化体制の中で無能化した学者〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(10)〜“科学技術の申し子”が起こした惨劇
『科学はどこで道を誤ったのか?』(11)〜“観念の絶対視”が近代科学技術の根本問題〜
科学はどこで道を誤ったのか?』(13)中世後期〜キリスト教の権威付けのための大学の創設により、神の手先の「神官」から「学者」が登場する〜
楢崎皐月氏のカタカムナ説(1) 宇宙から素粒子に至るまで、万象は共通構造(相似象)を示す

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp