日本人と縄文体質
24101 村落共同体の自治の歴史
 
沼田竜一 ( 42 北海道 エンジニア ) 02/02/15 PM11 【印刷用へ
>→以上をまとめると、日本の伝統として、武士にしても農村にしても単位集団の自立性が高く、まとめるには何か天皇制神話のような、あるいは卑弥呼の呪術のような統合軸が必要だったのだと思います。

確かに日本では単位集団の自立性が高いという側面は感じられます。
ここで少し日本における農村・村落共同体の自立・自治の歴史を押さえておきたいと思います。

稲作は、紀元前4世紀頃から始まったと言われています。弥生前期の水田は、比較的大きな河川の下流部に発達した後背湿地や谷地の湿地に作られました。弥生後期になり、鉄器の普及に伴い、池溝の建設、開田を可能にさせ、かんがい文化を生み出しました。静岡県の登呂遺跡(AD100〜200年頃)は、その代表的な例です。このような稲作の進展によるかんがい施設の建設は、個々の労働力を組織的に使って行われました。やがて集落間に貧富の差が生じ支配関係が進行する中で、大きな集団への統合が進み、政治的に有力な集団(クニ)が整備され、次第に古代国家の形成を促しました(4世紀頃)。

我が国は、大化の改新(645年)によって唐の律令制度を基にした公地公民制を採用し、中央集権的な支配体制をつくり、古代国家を完成させることになります。いわゆる律令制といわれるものです。また、この後、農地と農業水利の整備・拡充が国家によって強力に進められ、今日にも残る条里制が確立しました(7〜8世紀頃)。なお、この時代の技術や制度は、条里制も含めて、ほとんどが大陸から輸入されたものでした。

国家は、開田を奨励するために「三世一身法(723年)」を定めましたが、私有期の終わりに近づくと荒田に戻されるということから「墾田永年私財法(743年)」によって、開田について永久私有を認めるようになり、公地公民制度が後退し、8世紀の後半には、荘園制として定着しました。

10世紀頃から荘園は大きく成長し、荘園内部で力を蓄積した豪族が新しい支配階級として台頭し、源頼朝は1192年に武家政治を確立しました。ここに、中世封建社会の幕が切って落とされたわけです。鎌倉幕府は、国ごとに守護を、荘園・公領ごとに地頭を配置したので、流域ごとの水利開発が進められていきました。このような水利開発の具体例としては、関東平野、木曽川、信濃川、加茂川等が挙げられます。室町時代に入ると、守護の力が増大し、荘園や公領を支配し守護大名化し、在地の土豪と主従関係を結びました。その後、応仁の乱(1467年)により、幕府は有名無実となり、荘園は武士に横領され、荘園制は事実上崩壊しました。いわゆる戦国期の到来です。その一方、村落共同体の自立化が進み、「惣(そう)」と呼ばれる村落自治組織が成立しました(14世紀頃)。このことは、農業水利末端網の管理組織の確立を意味しています。また、ほぼ同時に「入会い」も形成されています。

このように、領主による水田開発と、村落自治体による末端水利の管理、入会いによる肥料自給という日本型水田農業体系の原型が確立しました。

<入会い>
江戸時代以前、森林を所有している者はいませんでした――「所有権」はなく、あったのは、「利用権」だけです。そしてそれが、「入会――」一定地域の住民が一定の範囲の森林・原野に入って共同利用すること」という具体的な形になっていました。入会制度のもとでは、悪いことをすれば村八分になって、山を使えない。つまり木を伐ったり炭を焼いたり山菜をとったり、ということができなくなるわけで、これは、生活の基盤が失われることになります。そうした厳しい制裁を考えると、住民たちの山の使い方も節度のあるものだったでしょう。
明治以降、複雑に入り組んだ入会権の法律関係は林野の高度利用の妨げになる、という考えから所有の近代化が推進され、入会権は消滅の方向へと進んでいきます。
 
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