日本人と縄文体質
240155 江戸時代の村落共同体のありよう(2)〜村の多様な役割〜
 
佐藤祥司 ( 壮年 設計 ) 10/10/31 PM09 【印刷用へ
■村落共同体としての村の多様な役割
○教育――人は村の宝
江戸時代の乳幼児死亡率は現代よりはるかに高く、子供が無事に成長することが、まずいちばん大事だった。子供の成長の節目には、様々な通過儀礼があった。お七夜、宮参り、食い初め、初節句、誕生祝、七五三など。
また、「七歳までは神のうち」という言葉があり、7歳までの子供は、まだ神の世界と人間界の境界にいる存在だと考えられていた。

7歳を過ぎた子供たちは「子供組」という集団を組み、大人の指導下にさまざまな行事をおこなった。例えば天神講をつくって学問の神様・菅原道真を祀り、学問の上達を祈るとともに、共同飲食して楽しむ、などの慣習は多くの村で見られた。

15歳になれは、一人前の村人として認められ、男は「若者組」、女は「娘組」に属し、それぞれの仲間の交流を深め、集団の規律を学んだ。若者組は、「若衆宿」(わかしやど)という共同生活のための施設ももっていた。メンバーは、村の力仕事を率先して行い、消防や警察などの役割や、村の神社の祭礼も担っていた。

○村が寺子屋の師匠や医師を雇う
寺子屋の師匠は、村役人や村内の寺社の住職・神職が兼ねることが多かったのですが、村によっては適任者がいないこともあり、村人たちの要望から、村が主体となって他所から師匠を招聘し、彼に様々な便宜を図り、村での教育を委託したこともあった。

また、江戸時代の初期の頃は、村人が病気にかかったときは、村人たちは村の鎮守に平穏祈願をしたり、宗教的・呪術的な方法で治そうとしていた。しだいに医療技術が進み、医者が登場すると、薬を飲む機会も増え、すると、村にも医者がほしいという村人たちの願いを受け、村は村外から医者を招聘するようになった。

○社会的な弱者への互助・救済のしくみ
村は、老人・病人・孤児・寡婦など、社会的弱者・困窮者に対する保護・救済機能を持っていた。疾病・傷害・老齢などにより村人の生活が困窮したときは、まず家族・親族が扶養する。しかし、経済的理由などから、それだけでは扶養が困難な場合は、同族団や五人組(村内の5戸前後を組み合わせて作られた組織)、さらには、村が援助の手を差し伸べた。村の金を支給・貸与したり、村が住居や仕事の世話をしたりした。
さらには、困窮者救済のために、無尽や頼母子(講)がつくられた。これらは、発起人(親)が参加者(出資者)を募って組合(講)をつくる相互金融機関のこと。メンバーはくじ引きなどによって順番に、掛け金の額相応の金品を受け取っていき、困窮者がいる場合は優先的に受け取れることが決められていた。

○村をあげての婚姻・葬儀・祖先祭祀と自警団
婚姻は村にとっても大きな関心事で、新婚夫婦は将来の村を担っていく人材ゆえ、婚姻の両当事者および家は、その属する村社会に対し、婚姻の承認と新婚夫婦の村社会への加入承認をえるように求められた。
葬儀や祖先祭祀の場合は、執り行う責任の主体は各家だが、それを取り巻く同族・親類・講・組合(五人組など)、それに村も、それを補完する機能を果たしていた。村人の生存を保障するのみならず、死後の魂の安穏を保障する機能も果たしていた。

また、村では日常的に防火・消火体制を整えていた。万一火災が発生した場合は、村総出で消火と復旧にあたった。復旧作業も村人の自主性に任せるのではなく、村によって統制されていた。こうしたあり方は、治安維持・警察活動についても同様。

○いちばんの娯楽は村芝居
村の鎮守の祭礼は、村人たちの大きな楽しみだった。祭礼時には、村芝居や相撲が行われた。村芝居とは歌舞伎のことで、今日の鑑賞の対象としての歌舞伎とは違い、村人自身が歌舞伎を演じたところに特徴がある。歌舞伎を村の鎮守に奉納し、村全体でそれを楽しんだ。各地に伝わっている農村歌舞伎は村芝居の伝統を受け継いだもの。

村芝居が盛行するにつれ、それは次第に娯楽的色彩を強め、村外からプロの役者を呼んで興行することも増えた。衣装や舞台道具に金をかける村もでてきて、19世紀には領主の規制の対象ともなった。
 
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