もはや学校は終っている
236034 農村民泊を通しての気づき:子供たちは農業体験だけではなく、家族体験でもより充足する!
 
千葉裕樹 ( 24 宮城 会社員 ) 10/08/11 PM08 【印刷用へ
先日、塾の合宿企画で福井県若狭町に行ってきました。企画のコンセプトは『若狭町の人たちの期待に応える!』ということ【リンクリンク】。その期待は・・・若狭町を知って欲しい、来て欲しい、住んで欲しいという期待です。

その期待に応えるべく、生徒たちは若狭町で職業体験をしながら3泊4日を過ごして、若狭町の魅力を発見し、それを「広報誌」としてまとめて社会に発信しています。

昨年度より始めた広報誌作成は、たくさんの人々の好評を受け、今年は若狭町の期待として、若狭町が推し進めている、地元農家に体験しながら暮らすという形態の「農村民泊」を広報して欲しいと依頼を受けて、子供達が地元農家のお家にお邪魔して、職業体験のみならず、寝食をともに経験してきました。

初めての企画で子供たちは充足するのか?という心配がありましたが、「もう帰りたくない」「第二の家族が出来た」という反応がたくさんあり、結果的には例年以上に充足して帰って来てくれました。

しかしながら、充足の度合いも体験先によってまちまち(6つの体験先がありました)であり、もう帰りたくないと思えるほどの素敵な体験が出来た体験先もあれば、充足は出来たけどもそこまでには到らなかった体験先もあったのは事実です。

それはいったいどんな違いから生まれるのか?と検討したところ、今後子供達への農業体験の企画を行なううえで他でも役に立ちそうな考えが出たので、投稿します。

まず、成功した第一の要因として考えられるのは、なによりも

「仕事も寝食も一緒に体験でき、その暮らし自体が魅力的だった」ということ。

もっというと、昔ながらの家庭生活全てが体験できることが大きく影響しています。例えば、4世代9人家族が暮らす農家に民泊した生徒達が口々のそろえて言ったことが

「この時間の流れが気持ちいい」

ということ。生業としての仕事は農作業、料理の準備、出荷準備などなど、日々数多くあり、決して忙しくないわけではないのですが、それでも時間の流れをゆっくりに感じる。日頃の大阪の生活と比べると心底気持ちよいそうです。

なんでそうなるのか?と考えれば、常に家族が一緒に作業をして、「ゆっくりでいいんだよ、あわてなくていいから」「君達が大阪から来てくれて本当に助かっている、きてくれただけでもえらい」と全面的に肯定してくれる充足の場がいつもそばにあることが大きいのではないかな、と思いました。

日々の暮らしでさえも、いろいろとせかされる感じに子供達も置かれているのでしょうから、そういった心理的なゆとりが、時間の流れの感じ方にも影響しているように思えました。

家族がいて安心できるからこそ、一生懸命にがんばれる。本当に一生懸命になれるからこそ、「家でゲームするより」仕事も楽しいし、気持ちいい。充足できる場があると、自然に「ありがとう」という回数も増えて、子供達も笑顔になっていく、という感じがしました。

少し昔なら、農村ではどこにでもあっただろう暮らしと生産が一体になった場に対して、子供たちは素直にそれがいい!と充足してくれているんだな、ということを気づかされました。もうすでに、血縁を超えて、一つの家族になっている、そんな感じでした。

逆にいえば、日々の暮らしの場では、そういった暮らしの場が本当に少なくなってきている。下手をすれば、その子供達の保護者さえ、経験していない。だからこそ、子供たちは潜在的に持っている感覚で、「忘れていたものを取り戻した」様な感覚で、充足できたのではないかと思います。

逆にあまり充足できなかった体験先で共通しているのは、仕事、食事くらいは一緒にするけど、それ以外の生活が、子供達と受け入れ先で分断されていたという点です。

しかも、そういった体験先に限って、ワークステイなどで日頃から若者達に、農業体験の機会を開いている「ベテラン」です。

ベテランのはずなのに、なぜ、そうなるのか?と考えると、ワークステイに来る様な若者達が求めているものと、生徒達が充足するものにずれがあることに起因するのでは?と思いました。

ワークステイに来る人たちは、「ほぼまちがいなく農作業がしたくて」集まっている。なので、体験先との交流は、農業を通してであれば問題ないので、食事や暮らしの魅力は二の次になるので、体験先も農作業どうする?というところに意識が向かう。

かたや、生徒達が求めているものは、農作業だけではなく、生産も暮らしもが一体になった充足空間での生活そのもので、農業体験だけが出来ればよいのではなく、「家族体験」自体により充足を求めているような感じがしました。

その点がワークステイでは表面上でてこないので、断層が生じる。逆にいえば、普段の農家が魅力とも思っていないような、何気ない日常の生活自体も大きな魅力になる、という可能性が感じられました。

今後ますます農業体験の教育的効果が必要とされてくるとは思いますが、そういったときに今までの農業体験だけを取り出して体験するという形態ではなく、もっと何気ない家族体験、生活体験にも生徒達は魅力を感じる、ということを念頭に置いた新しい農業体験へ進化していけるかどうかが、大切になってくるのでは、と思いました。
 
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