日本を守るのに、右も左もない
235929 ルワンダ虐殺の隠された事実
 
誠ちゃんぺ ( 31 ) 10/08/10 PM07 【印刷用へ
4つの目で世の中を考えるより引用リンク

 ルワンダでは94年の春から初夏に至る100日間に国民の10人に1人、少なくとも80万人が虐殺された。この死者は、比率からすればホロコーストにおけるユダヤ人の犠牲者のほぼ三倍になり、 広島、長崎の原爆投下以来、最も効率的な大量虐殺だった・・・

 94年4月6日、フツ族のルワンダ大統領ハビャリマナを乗せた飛行機が何者かに撃墜され、フツ族によるツチ族の大量虐殺が始まった。
海外のメディアはそれを長年に渡る民族対立の結果と報じた。(→例によって、嘘っぱちの情報操作です!)

 実はこの大量虐殺は何年も前から計画されていた。フツ族の支配層は新聞やラジオ、街頭演説などを通して反ツチ族の洗脳キャンペーンを繰り返し、フツ族の"十戒"を作って、 ツチ族と結婚したり、ツチ族を雇う者に裏切り者のレッテルを貼り、フツ族過激派を集めて組織的な訓練を行っていた・・・

 大統領を取り巻く北部のフツ族エリートたちが利権を独占したために、もう一方にたくさんの貧しいフツ族農民が存在していた。 政府は彼らが貧しい原因をツチ族のせいにし、彼らの不満がツチ族に向かうように仕向けた。
また、アフリカにおけるフランス語圏を守ろうとするフランスがこのフツ族政権を支援しているという背景もあった・・・

そしてこうした計画的な虐殺が明確になるほど、国際的な支援の問題も深刻なものとなる。国連監視団は虐殺以前にその情報を入手し、国連本部に緊急ファックスを送っていたが、結局国連は何もしなかった。 難民となったフツ族勢力は、95年から96年にかけても国際的な人道援助を背景としてゲリラ活動を続行していた。

 本書のなかに希望を見出すのは容易なことではないが、皆無というわけではない。ある外資系ホテルのマネージャーだったフツ族のポールは、ツチ族難民をホテルに収容し、 奇跡的に生きていた昔のファックス回線を利用してアメリカやフランス政府にメッセージを送って行動を促し、収容したツチ族たちを守り通した。彼はそのあいだにたくさんの失望を味わったが、 そのひとつはツチ族の母親をホテルに連れてきた神父の言葉だった。ルワンダではフツ族がツチ族のことを"ゴキブリ"と呼んで蔑んでいたが、神父は彼にゴキブリを連れてきたと語ったという。

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 アメリカ政府は、ルワンダでの虐殺行為が「ジェノサイド条約」が規定する「加盟国による国際的なジェノサイド防止義務」に抵触することをおそれ、ルワンダで起きていることは「ジェノサイド」ではなく「ジェノサイド的行為」(Act of Genocide)であるという主張を続けました。
この間、国連の安全保障理事会はジェノサイドの定義を巡る議論に終始し、虐殺の拡大防止へ向けた具体的な行動に移ることはありませんでした。
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アメリカはルワンダの虐殺のきっかけになった大統領機撃墜についてフランスを糾弾しているが、フランスはアメリカが背後で糸を引いていたと言う。
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 そこに意図的アメリカのINACTION(動かないこと、怠慢)があった事は確かだ。ではそれは何故か?そこに実は「ルワンダ虐殺」の真の意味≠ェ隠されている。
 ルワンダで起きた前代未聞の人間的悲劇(ジェノサイド)、それは次の第A、第B幕へのほんの序曲に過ぎなかったというのが筆者の見方だ。そのことについて今筆者は書いている。
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  結局3ヶ月あまりで100万人ものツチ族が虐殺された。ルワンダの人口は820万人である。
  これだけでも相当な話なのに、ここに国際社会というのがからんできて、腹立たしさは倍増。
  ツチ族を殺しまくったフツ族は、国境に集まる。国際社会は、虐殺のときにはまったく無視していたのに、殺害者集団のフツ族を「難民」として援助を与える。ルワンダ国内でまっとうに働いて得られる以上の暮らしをフツ族たちは働かずして手にいれたのだ。しかも、この段階でもフツ族たちは夜な夜なツチ族を殺しに出かけて、大勢の者を手にかけていたのだ。フツ族たちは、「虐殺なんかなかった」と知らんふりするし、認めたとしても「仕方がなかった」なんて言い訳する。ツチ族とフツ族は今や元通りの隣人として一緒に暮らしているが、それもまた、想像を絶する心の闇を見てしまう。そんな闇を見てしまうこと自体が、部外者の自分を証明しているようで、もう何が何だかわからない。
  虐殺に対して国際的な介入はほとんどなされなかった。アメリカ(マデリーン・オルブライト)は自国アメリカが積極的に介入しない方針をとっていたばかりか、他国の介入を妨害していたのだ。すべてが終わってから、クリントンは謝罪したが、あくまでも、すべてが終わった後で、だ。

  ただ、救いなのは、国際社会があてにならない、と自ら国のたてなおしをはかるルワンダ人もいた。カガメ現大統領もその一人で、彼に対するインタビューを本書で読んでいると、その政治的姿勢には頭のさがる思いである。

  ルワンダの虐殺の頃、日本では細川首相が辞任し、ボキャブラ天国と茶髪が流行していた。
  いったい何を見ていたのだ!
  それよりも、この本を読むまで、ルワンダでこんな大虐殺があったことを知らなかった僕は、いったいどこに目玉をつけて、何を見聞きしていたのか、と思う。
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 これらを読んでみると結局、大統領機を撃墜した犯人は、フランスかアメリカかのどちらかだったということのようで、それによってフツ族にツチ族を虐殺するよう仕向けたということのように思うね。
つまり、アメリカやフランスにとって、なんとかツチ族を抹殺したくって、それをフツ族にけしかけたといったことのようで・・・
当然、自分らが裏で操ってやらせてるわけだから、それを止めに入ったりするわけもないよね!

 それがなぜなのかということについては、もうちょっと調べてみないとわからないけど・・・

 そもそも国連なんていう名前つけてるから、世界中の一般大衆が勘違いしてしまう。
 アメリカ主導による世界洗脳会議とでも名前を変えたらわかりやすいw
<引用終わり>
 
 
 
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ルワンダ虐殺20年…アフリカの内戦は、欧米支配の強化のために捏造された民族対立が元で起こっている 「にほん民族解放戦線^o^」 14/04/10 PM07

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