学者とマスコミはグルで頭脳支配
234723 近代科学は、むしろ人類の観念進化を阻害している
 
川井孝浩 HP ( 37 東京 設計 ) 10/07/16 AM00 【印刷用へ
要素還元主義、あるいは「科学的実証」が重視される学問の世界では、ともすれば現実に起こっている出来事でさえ、実証不可能として認められない、といった訳の分からない結論を導きだす事さえある。

金子勝ブログ
「新興衰退国ニッポン:確実に日本が滅びています 」
リンク
より引用〜

>実際、生物も経済も周期性をもって変化(たとえば景気循環)しますが、この周期的な波は決して同じ波を繰り返しているのではなく、波が少しずつ変わりながら、突然大きな転換(たとえば石油ショックや大恐慌)をもたらします。人間もガンや脳梗塞のような成人病が増えていきます。このように、水が沸点に達して水蒸気になったり、鉄の棒が折れたりするのと同じように、複雑で非線形的な変化こそが、科学が解明しなければならない先端的課題なのです。

ところが、新しい変化を見ようとすると、複雑な要因が絡んでおり、それが何なのか分かりにくいものです。しかも、データがそろわないので「科学的」には実証できません。

しかし、そんなに難しく考える必要はありません。生命体や社会を観察していると、いつも、「病気」や「衰退」のきっかけは小さな異常事態の発生から始まるものです。それを例外的だと見過ごし、「たいしたことはない」として放置すると、多重なフィードバックの仕組みが効かなくなって「病気」や「衰退」に陥ります。

ところが、厄介なのは、この異常事態の見逃しをエビデンス・サイエンス(実証科学)が正当化する場合があるという点です。これには計量経済学も含まれます。もちろん、計量経済学の有効性全体を否定するつもりはありませんが、その過信には大きな落とし穴があります。それは、非線形的変化の前兆として起きる異常事態をデータ的な裏づけのない「非科学的」な主張であるとして斥ける傾向を生むからです。そして「実証された」時には、すでに取り返しのつかない不可逆な事態に陥ってしまうのです。

システムを揺るがすようなリスクが頻発すると、こうした事態がしばしば引き起こされます。たとえば、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の後、通常100万人の子供に1人しか発症しないはずの小児甲状腺ガンが4000人以上の子供に発生したにもかかわらず、「証拠はない」とされ放置されました。ロシア政府もIEAE(国際原子力機関)も、自らを正当化するために、この実証科学の「成果」を利用しました。

原発事故の影響であることが認められたのは、事故から20年たった2005年のことでした。放射能に汚染された牧草を食べた牛のミルクを飲んだ乳幼児が、甲状腺ガンにかかったのです。食物連鎖によってリスクが広がってしまう事例は、水俣病でもあったことです。実証された時は、すべては後の祭りでした。

実は、確率論を利用した金融工学も同じ落とし穴にはまりました。低所得者向けの危ないサブプライム・ローンを証券化し、それをさらに切り刻んで他の証券と組み合わせて、リスクを薄めた債務担保証券(CDO)を作り出しました。実際にはバブルが崩壊すると、それが取り返しのつかない世界金融危機をもたらしてしまったのです。そう、工場排水を薄めて有機水銀の濃度を引き下げれば、問題は発生しないとした水俣病のケースとそっくりです。

格差問題が発生した初期でも、若い世代の雇用が破壊され始めていましたが、格差はあくまでも高齢化がもたらしたものだという主張が繰り返されました。若い世代での格差が証明された時は後の祭り。日本では新卒一括採用が一般的であるために、ロストジェネレーションは回復不能なほどの被害を被ってしまいました。

いまや大胆な発想の転換が必要とされています。

膨大化する情報大爆発のこの時代に、個人が世界の全てを知ることはできません。科学に対して謙虚な気持ちに立ち返ると、いきなり大所高所にたって世界同時多発的なリスクの時代を論じるのではなく、むしろ逆に、子供の甲状腺の腫れ物のような、異常事例へのほんの小さな「気づき」のようなものから出発する思考法が必要となります。

それは、特異で極端な現実、通常は統計学のはずれの5%として除外されてしまうような異常事例を重視することを意味します。20世紀的な統計理論の常識とは全く逆の発想です。この統計学のはずれの5%の窓から、実は全体を動かすメカニズムの姿を覗けるはずだと考えるのです。

そこでは通常の経済学のように、単純な因果連関に還元しないで、システムの背後にある多重な調節制御の仕組みを想定して、それがどこでどのような連鎖を通じて壊れているかを観察する努力が必要になってきます。

とはいえ、普通に考えれば、複雑なものは複雑に見えるだけです。しかし、心配することはありません。実は、非線形的な大変化が起きるときは、むしろ物事を動かしている本質的なものが見えてくるからです。多数の要素からとくに重要な要素を抜き出して、この定性的な大変化をとらえることを「縮約」と言います。日頃は気づかない社会を動かす「秘められた仕組み」が、「異常な事象」に引きずられて、我々の視野に入ってくるのです。

つまり私は、この非線形的変化を分析する「縮約」に注目して、多重な調節制御のメカニズムが壊れていく経済の病理現象がどのようにして生ずるのかを明らかにしたいのです。

残念ながら、経済学には、「どのようにして悪くなるのか」を分析することで、「どうしたらよくなるのか」を明らかにしていく病理学的アプローチはありません。経済学ではあらかじめ「均衡」に達する単純な因果連関とモデルがアプリオリに存在し、その「均衡」に戻すために、供給サイドだったら規制緩和、需要サイドだったら景気対策くらいしか処方箋が存在しません。そこからは、ガンや脳梗塞のような成人病の処方箋は出てこないのです。

経済学は「近代経済学」と「マルクス経済学」しかないという冷戦型オヤジ思考の人に、理解されないのは仕方ありません。

やっぱり私は「天の邪鬼」なんでしょうね。でも、時代遅れになった教科書を使って無理矢理考えるより、新しいことにチャレンジする方がずっと楽しいんです。たとえ失敗してもね。

〜引用終わり〜
近代システムの崩壊過程に突入した現在こそ、過去の常識が非常識となりうる可能性を大いに秘めており、大胆な発想の転換が必要とされている、という意見には共感できます。

事実認識の再構築と同時に、新しい認識の必要性がより高まっていく事は間違いないでしょう。
 
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