素人による創造
232626 大衆に伝わるもの
 
阿部佳容子 ( 47 大阪 営業 ) 10/06/02 PM11 【印刷用へ
脚本こそ映画の生命線、とはよく言われることですが、「世界のクロサワ」と言われる黒澤明は、自らも含めた2〜4人での共同脚本執筆を実践し続けたことで有名です。みんなで旅館にかんづめになって、用意ドンで、一斉に同じシーンを競争して書き始めるやり方は、いわば、毎日毎日が生き残りの競争で、最盛期の有名な作品も、そのような男たちの骨身を削る作業の中から生まれたものです。また、このやり方は、複数の視点による点検作業も伴うので、ホンの瑕疵を最小限に押さえ、誰にも通じる(≒論理整合性の高い)作品づくりに貢献したと言われています。

共同者から観た、創作物の骨格となる脚本づくりに対する考え方と仕事に対する姿勢は、「大衆に伝える」ということの根本を語ってくれているように思いますので、紹介します。

----------------
ストーリーは話の大枠でいい。細かく書いてもシナリオでどうなるか分からず、苦労して書いても意味がない。それからテーマには、ストーリーがそのままのもの、ストーリーの大半を示したり、または重要な部分を占めているものも多い、だからテーマとストーリーを分けず、テーマ及びストーリーとして一つにして考えてもいい。

要はテーマは理屈でなく、形のわかるもの、ハッキリ形の見えるもの・・・これらは少ない言葉でいえるのが特徴で、言葉数が多くなるのは表現じゃなく説明になる。だから、自分の作品は、テーマはどれも一口でいえるものを設定してきたし、これからもそれを続けるつもりだ。

(中略)

なんだろう?と奇異に思い覗き込んで見ると、鉛筆で丸を描き、下に勘兵衛と見出しをつけ、七人の侍の中心人物である、勘兵衛の人物像が書き込んである。

背の高さは5尺4、5寸、中肉中背から始まり、微に入り細をうがち、草鞋の履き方、歩き方、他人との応答の仕方、背後から声をかけられたときの振り返り方、ありとあらゆるシチュエーションに対応する立ち居振る舞いが、ところどころに数多い絵を交え、大学ノートに延々と続いている。

私はいきなり頭をガーンと棍棒で殴られた感じだった。
黒澤さんも黙々と、巨大な建物の基礎作り―縁の下の力持ちのような仕事に、コツコツと神経をすり減らし続けていたのだ。
しかし、この人物の彫りの範囲の広さ、その深さはなんなんだろう?
それは尋常一様ではなく、物事の徹底の限界を超え異様でさえある。

シナリオを書く場合、誰でもテーマとかストーリーはそれなりにつくるが、面倒くさくて手の抜けるのが人物設定、人物の彫りである。ある程度ストーリーが整い、大箱(構成の四つ箱)も出来て、出だしが決まると、人物の彫りや設定はスッ飛ばし、本文の書きに入ってしまう。誰だって、それの必要は分かっているが、面倒でも億劫でもあり、それに現実に書き出し、人物が動き始めれば、人間性などは自然に成立するから、二重手間のような気さえする。

でも、それは違う。人間は恐ろしいほど数多い共通点を持ちながら、一人一人に特質があって違うのだ。だからドラマが成立する。人物を彫らず、ありきたりに書けば、俳優さんはありきたりにしか表現しない。人間を彫り込み、特質を書き込んでこそ、俳優さんの演技にも初めて工夫と努力が生まれる。

シナリオの出来上がりの良し悪しは、面倒でひどく億劫で、つい、誰もが手抜きになってしまう、人物の彫りにあるといっても過言ではないのだ。

勘兵衛が中心だけにノートの半分近くを占めるが、7人の侍だけで分厚いノートが一杯だった。

黒澤明―その脚本作りにおける最大の特徴は、手抜きをしてはいけないものには手を抜かず、常人にはおよそ考えられない、ありとあらゆる努力の積み重ねを惜しまぬ男である。

橋本忍「複眼の映像〜私と黒澤明」

-------------------------

大衆向けの脚本づくり(映画づくり)の肝は、簡潔明瞭な幹の構築と、どこで切っても前後左右が整合する細部の創り込みにある、そして、その過程においては決して手抜きをしない、ということでしょう。映画は画面も大きく、より本能に近い視覚に訴えるウェートが高い創作物。その分、ごまかしが利かない、ということをよく知っていたのだと思います。

「仕事は一日も休んではいけない」

これが、黒澤明のシナリオづくりの哲学だったそうです。
 
  List
  この記事は 232556 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_232626
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp