暴走する悪徳エリートの所業
230507 「満州帝国と阿片との深い関り」(1)…「大東亜共栄圏」とは阿片利権だった。
 
原賀隆一 HP ( 59 熊本市 デザイン自営 ) 10/04/22 PM06 【印刷用へ
 日本の大陸進出の最大の目的は「阿片」だったのか。その利権をめぐって対米戦争まで発展したのである。阿片による中国国民の命と、日中戦争、太平洋戦争で失われた命の「怨み」が、今の日本を苦しめているのかも知れない。
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久保井規夫著『戦争と差別と日本民衆の歴史』(明石書店)より引用しながら述べる。
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ケシ類未熟果実に傷をつけて滲出する乳液を乾燥乾固したものが阿片だ。阿片に含まれているモルヒネは、鎮痛・鎮静・催眠・快楽をもたらす薬剤となる。末期癌患者に使用されることが多い。しかし、連用すると中毒となり、常用しないと禁断症状に苦しむこととなる。モルヒネにアセチルを化合したのがヘロインで、薬効・中毒作用は更に強くなる。中毒に陥ると、増量して使用しないと禁断症状を起こして死亡するし、常用すれば衰弱して死に至るという恐ろしい麻薬だ。
この阿片の中毒作用を利用して儲けようと国家自体が関わって中国へ密輸したのが、オランダとイギリス、そして実は我が日本なのだ。

19世紀初期、イギリスは中国(清王朝)へ阿片を密輸して、多くの中国国民が中毒に陥っていた。
清王朝の軍は密輸された大量のアヘンを焼却処分した。イギリスは貿易の自由を妨害したなどと恥ずべき口実で、1840年阿片戦争を仕掛けた。
中国は敗北し、イギリスの阿片の毒牙はますます中国民衆を蝕んでいった。中国の弱体をみて、欧米列強(英・仏・米・独・蘭)は不平等条約を強要し、清王朝は阿片亡国・植民地化の危機に陥ることとなる。
(坂本竜馬は、グラバーの勧めで東インド会社視察に出かけた折、補給のため上海に降り立ち、その悲惨さを目の当たりにし、すぐさま引返し「攘夷(外国人を追い払う)」を唱えた。それほど欧米のやり方に日本の将来を危ぶんだのである。それが元で竜馬はグラバーによって暗殺された。)

麻薬中毒の恐ろしさに、1912年にハーグ阿片条約、1925年国際連盟によるジュネーブ阿片条約が結ばれたが、欧米の帝国主義者たちは自国への阿片の弊害を防いでも、中国への阿片密輸は続け、それに日本も加わっていった。中国の阿片中毒者(隠者)は増加し、消費される阿片は900万貫(当時5億円)に上った。輸入額を減らそうと中国国内のケシ栽培を認めたが、かえって阿片中毒者を増やすこととなった。
1912年、辛亥革命後の中華民国による阿片禁止も、軍閥との抗争や内乱で進まず、そこへ日本の侵略が始まってしまった。
日本は、阿片戦争に驚き、当初は、ケシの栽培や阿片の輸入を厳禁した。しかし、すぐに、医薬品としての鎮痛・麻酔剤としてモルヒネ・ヘロインが必要となり、日本は、阿片の製造・売買や輸出入を政府の許可・専売制とした。
やがて、中国侵略に伴い、中国の阿片問題に介入していくのである。日清戦争後に台湾を領有したことで、日本は阿片中毒者対策で阿片を必要とし、ケシ栽培と阿片輸入は本格化することとなった。

大阪府三島郡福井村の二反長音蔵(にたんおさおとぞう)は、台湾で必要な阿片の殆どを輸入に頼っている貿易赤字を改善するため、内務省の後藤新平の支持で、ケシ栽培に取り組んだ。モルヒネ純度の高いケシの品種改良に成功して、大阪府・和歌山県・京都府・岡山県・福岡県の医薬品原料の商品作物として、農村の収益を高めた。

さらに、遼東半島・山東半島・満州そして上海租界地では、日本陸海軍の特務部が、治外法権の特権を利用して阿片の密売を公然と進めた。医薬品や中毒是正の目的とは無関係となり、中国人相手の阿片・麻薬販売の利益を得ることと、中国民衆の阿片中毒による弱体化が主目的となったのである。
このとき陸海軍の手先として活躍したのが笹川良一、児玉誉士夫たちだ。
(戦後右派の黒幕となり日本を動かしていく曲者たちは阿片で莫大な財産を手中にする。戦後自民党は阿片の金で動いていた麻薬党なのである。)

拡大した市場は、もはやイギリスの阿片密売の比ではなく、大規模なものとなっていった。植民地朝鮮半島でも、中国への阿片輸出のため、3万〜8万人が従事して、毎年、約8千haのケシを栽培し、毎年、約4万キロもの阿片を製造することとなった。
阿片・麻薬の需要は増大し、三井物産と三菱商事が、ドイツ・イラン・トルコ・シンガポールの阿片・麻薬を一手に輸入していた。英仏によって、中国華僑の活躍した東南アジアにも阿片の弊害は及んでいったのだ。実に欧米に成り代わった日本は大東亜阿片圏と言うべき阿片の毒牙をむき、三井・三菱の阿片船がアジアを往来した。
三井物産は上海へ、1938年4月に約3万トン、1939年1月に約7万トンもの阿片を運び込み、南京維新政府の財政を助けた。三菱商事は三井の3.5倍もの量を1939年2月に満州の大連へ運び込んでいる。

(2)へ続く。
 
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