恋愛って、何?結婚って、何?
230249 豊かな性から貧弱な性へ〜夜這いの衰退その2
 
新川啓一 ( 40代後半 神奈川 建築家 ) 10/04/17 PM08 【印刷用へ
(その1からの続き)

 若者の男たち、ときには、なりすましの親父たちも、赤飯の出た家に夜這いをかけて、初々しい少女を抱いて性欲を満足させたわけで、これなら風俗性産業が必要なはずがない。昔だって男たちに強烈な性欲があった。それが、どのように処理されていたか? 考えながら、赤線・性産業の由来・必要性を考えるのだ。
 こんなことが、どこの教科書に書いてある? 国家権力はタテマエで「結婚まで貞操を守れ」と教育したが、結婚できない若者たちが大勢いた時代なのだ、どんなに教育してもホンネの性欲を消すことなどできないのである。

 夜這いの結果、もちろん子供ができてしまうわけだが、生まれた子供が誰の子であっても、事実上関係ない。子供の父親を指名する権利は娘にあった。別に実の父親である必要はなかった。夜這いをかけた誰かの内、一番好きな男を父親に指名するのである。これが、やられる側の娘の権利であった。
 夜這いを拒否することは、男にとって大きな屈辱だった。そんなことをすれば後々まで男に恨まれて「八つ墓事件」のような事態が起きかねない。津山殺戮事件の裏には、こんな背景も考える必要がある。

 父親を特定することが意味を持つのは、子供たちに受け継がせるべき財産・権力のある有力者に限られていて、持たざる民衆にあっては、受け継がせるべきものもなく、名もない我が子種を残す必要もなく、したがって、女房が誰の子を産もうと、どうでもよいことなのである。
 生まれた子供は「みんなの子供」であった。集落全体が一つの大家族だったのだ。みんなで助け合って暮らし、みんなで子供を育てたのであって、小さな男女の家族単位など、権力が押しつけたタテマエ形式にすぎなかった。

 タテマエとしての結婚家族制度は、明治国家成立以降、政権が租税・徴兵目的の戸籍制度整備のために、それを強要したのである。
 それは権力・財産を作った男性の子供を特定するための制度であった。それは名主・武家・商家・有力者などの権力・財産を「自分の子供に受け継がせたい」インテリ上流階級にのみ意味のあることであり、このために女性を婚姻制度、貞操に束縛したのである。
 農民をはじめ一般大衆にとっては、束縛の多い不自由な一夫一婦制など何の意味もなく、たとえ配偶者がいても、誰とでも寝るのが当然であり、生まれた子供は「みんなの子供」であって、集落全体(大家族)で慈しんで育てたのである。

 このようにして、かつての日本では夜這いに見られるような自由な性風俗に満ちていた。「集落全体が大家族」という考え方で助け合い社会が成立していて、夫を失った後家は、若者たちの性教育係になり、冒頭の飲食店のオバサンも、徳山の若者たちから、そのように見られていたわけで、決して徳山の若衆が性的変態だったわけではない。
 そうした自由な性風俗は1960年あたりを境にして、急速に失われていった。その後、読者が知っているように、女性に貞操観念が求められるようになった理由は、世の中全体が豊かになり、個人が財産を蓄積する時代がやってきたことによるのである。
 豊かになれば財産を「自分の子供」に相続させたくなる利己主義が芽生えるのである。「自分子供」を特定するために、誰の子かはっきりさせる必要があり、女性の自由な性を抑圧し、貞操観念に閉じこめる必要があった。
 その後、素敵なブライダルブームがわき起こり、結婚生活に憧れを抱く女性が増えたわけだが、本当は、このことは女性にとって悲劇であり、男性の権力財産移譲システムにすぎないことに気付かないで、本当は結婚という制度は女性の奴隷化システムにすぎないことを理解できない女性が多いことには失望せざるをえない。

 実は、このことと死刑制度は同じ意味を持っている。「男性の財産権力をその子に移譲するシステム」を教育によって広く国民に洗脳しようとしても、それは本来、人間に備わった、自由な性愛への要求と、「誰でも分け隔てなく愛する」という解放された人間性を抑圧排斥するものであり、人間性に反し、ねじ曲げる間違ったシステムなのである。
 だから、それを国家権力を使って無理矢理通そうとするならば、それまでの社会に激しい齟齬、軋轢を生じさせるわけで、持たざる若者たちを激しく怒らせることになり、社会に憤りと暴力を持ち込むことになるのだ。
 これを強引に弾圧するために、死刑制度の恐怖が用いられた。死刑は女性の自由を抑圧する、金持ち男性の世の中を支えるシステムであった。

(以上引用終わり)
 
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