試験・身分制度の根深い害
227147 日本の大学/研究所は、文科省のショーウィンドウになり下がった!?
 
レオンロザ ( 中南米 ) 10/02/25 AM10 【印刷用へ
井口和基氏のブログからです。

日本の大学/研究所は、文科省のショーウィンドウになり下がった!?
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以下引用・・・・

昨日、私は日本の「研究バブル全盛期」について書いたので、ついでにその昔のブログに書いていたことを再掲しておこう。

これは、日本の大学/研究所の論文1本当たりに要した研究費についてのものである。2年前で、平均すれば、1本の論文で2000万円近くのお金がかかっている。だから、我々地方に住む人間からすれば、東大の研究者の論文1つで地方では家一軒が建つ。言い換えれば、東大の研究者が論文1つ作る度に地方から家一軒がつぶれているということになる。なぜなら、その論文からその先行投資分の利益が回収できていないからである。

そもそも、もうすでに、税金を消費することが研究自体の目的に変わって来ているのである。これでは、その昔の大本営の戦時中と変わらない。どうせ戦争で消耗し何のためにもならないと分かっていても国民を守るため戦争のためと建造した戦艦大和と同じ運命をたどるのである。

かつて赤色緑色発光ダイオードを開発した西澤潤一博士、青色発光ダイオードを開発した中村修二博士もそうであったが、研究の基本は「手作り装置」にあった。自分の行う研究の装置はすべて自分で発明し、自分で作ったのである。そこから始まった。だから、研究費はそれほどかからなかったのである。

ところが、今では研究におけるほとんどすべての装置が発注(外注)である。しかも海外発注である。DNAシークエンサーにしても高度装置は外国製である。これではいくらお金があっても足りないはずである。自分が作ったものではないから、すぐ壊す。あるいは、使い方を間違えてお釈迦にする。あるいは、すぐに古くなる。

かつて電気試験所(電総研の前身、現在の産業技術総合研究所)に電子部を作った和田弘という人が「電総研は通産省のショーウィンドウになり下がった」と皮肉ったという(ちなみに、私は1985年に電総研でこの人の肉声をテープで聞いたことがある)。が、それは、「ここには何でもある。ここでは何でもできる」というように、当時の最先端のありとあらゆる装置が納入されていたことへの痛烈な皮肉だったらしいが、今の日本の大学や研究所も非常にこれに似た状況にあるのである。つまり、「日本の大学/研究所は、文科省のショーウィンドウになり下がった」のである。

2008/01/31のBlog
東大の論文1本で一軒家が買える?

東大の論文、1本1845万円 国立大でコスト最大級

いやはや、ここ10数年ほどいろんな場で私が言ったり書いたりして来たことが、これまた”見事に”証明されたようだ。おそらく、これまで”こういう結果”が出ることが恐ろしくて統計すら出せなかったのではないだろうか。

東大から「公表される論文1本当たりにいくら必要か」という生産費は、なんと平均1845万円。 こんなにかかっているということが判明。実に情けない状況にある。

湯川秀樹博士や朝永振一郎博士の時代、「理論物理は紙と鉛筆さえあればできる」と言われたものだ。つまり、せいぜい数百円もあれば論文が書ける(公表できる)と考えられたのである。

それから50年。今や「理論物理は約2千万円かかる」時代となったらしい。

 (略)

一方、私のこれまでの観察では東大の一教授の1年当たりの出版論文数は10以上もある場合もしばしばである。通常、2一3が良いところだが、多い人はその10倍の20一30ある人もいる。これを金額に直せば、普通の教授は4千万円一6千万円。多い人は、4億一6億円も1年で研究費を使っているということになるだろう。

つまり、東大(や国立大学)の研究者たちは、「サブプライムローン」並みの負債を国に負わせているということになる。なぜなら論文1本につき2千万円も浪費し、たいした特許もたいした引用数も得れらない”ゴミ論文”がほとんどだからだ。しかし、ここでは研究費だけの話で教授達の給料など人件費については何も語っていない。だから、実際にはさらに多くのお金が消費されていることになるはずである。

ところで、この”悲惨な研究状況”に関して、東大の岡村定矩(さだのり)副学長(研究担当)はこう言った。
「いろいろな統計データがあるので、とくにコメントすることはない」

このだんな、何か大勘違いしているのではないか。NHKではないが、記者会見して国民に「浪費してすみません。今後はもっと生産性をお上げします」と謝罪すべきなのではないだろうか。私にはそう見えるが。

その点、早稲田の竹内淳教授は少しましでこう言った。
「少ない費用で優れた成果を出している地方の国立大にも研究費を正当に配分するような制度に変える必要がある」

さて、私は、この問題(東大の極少生産性の問題)は大学における研究だけの話ではないと考えている。これは今の日本社会における生産性の問題と全く同じであると感じるからだ。つまり、東大を東京に置き換えればそのまま同じことが成り立つだろうと私は推測しているのである。 要するに、東京の生産性は東大並みに低いはずである。そう考えるということだ。お金(=投資、東大の場合の研究費にあたる)額が東京が1人勝ちで極めて巨額であるために、総額としては東京の生産性が高く見えるが、実質的には日本で最低クラスの生産性に過ぎないだろうということである。いずれこれもちゃんと証明される日が来るだろう。

この意味では、「東大の問題は日本を象徴する実にうまい例」なのである。まあ、一言で言えば、「あまり研究に向いていない人たちがやっている」ということですナ。

それにしてもひどい生産性ですナ!

・・・・引用終わり
 
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