生物学を切開する
226219 イデオロギーの正当化の為には、自然科学の分野ですら事実追求の姿勢が歪められてしまう。
 
山田孝治 ( 37 東京 デザイナー ) 10/02/10 PM04 【印刷用へ
ドーキンス氏が「利己的な遺伝子」を発表したのが1976年。
それから30年以上経ちますが、この論文を巡っては未だに論争が絶えない様です。

本来学説の検証は、それが事実に基づいているか、論理整合性が有るかといった点での議論となるはずです。
その結論や、少なくとも方向性が見えないまま30年以上経っていると言う事実は、この議論が「事実追求」「論理整合性」といった科学検証の基本を踏み外し、イデオロギーや価値観に基づいた論争へと変質してしまっている事を表していると感じます。

この議論は、極論すれば生物は「個」を原点とするか、「群(集団)」を原点とするか、という点に集約されます。

生物史の視点で見れば、どちらに進化適応の可能性があるか、という事実追求になります。
ところがこれを個人主義、平等主義といった価値観で見れば、当然「個」こそが生物の本質でありその原点である、という結論に直結してしまいます。
さらに「利己的」という思想や価値観を、あたかも生命原理に基づいているかのように遺伝子レベルで正当化する事も可能になります。


「利己的な遺伝子」を巡るこの議論は、学説を出発点としながら、いつの間にか巧妙に個人主義的価値観の正当化に利用されているのが実態ではないでしょうか。
何かタイトルだけが一人歩きし、その中身や生物史に基づいた事実追求がそっちのけになっているように感じます。
何よりも、イデオロギーの正当化の為には、科学的視点や事実追求の姿勢すらも簡単にねじ曲げられてしまうという事実に危機感を感じます。
 
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