現代意識潮流を探る
225681 余暇の時間が『自己完結』で終わるのがむなしくなりました。
 
疑問ばかり ( 20代 兵庫 会社員(技術職) ) 10/02/02 PM11 【印刷用へ
 私はこのごろ、『自己完結』で終わるようなことは、満足できなくなりました。たとえばテレビゲームをひとりで部屋で閉じこもって遊ぶ。DVDを観賞する。本屋でマンガを立ち読みをする、ひとまず資格を勉強する、といったことです。

 昔は余暇時間をこれらのことで満足できましたが、今は心を満たすことはできません。『刹那的な快楽』に浸った後に、『むなしさ』がこみ上げてくるようになりました。最近になり、会社から帰って自分の行うことを振り返ると、いつの間にかこのように思うようになっていたのです。

 なぜ、このように考えたのか、思い当たることがいくつかあります。具体的には、ひとりぼっちでテレビゲームをしたり、マンガを読んだり、DVDを鑑賞しても、話題を共有できる人は非常に限られている。ストレス解消になっても、所詮は一時的なものにしか過ぎない、ということ。『受け身』の立場のままテレビゲームやマンガ、DVDにふけっても、『何も生みだすことができない。』ということに気がついたからです。当然、役に立てる場所も人もないのに、ひとまず資格をとる、という発想も何も生み出しません。

 このままでは、余暇時間がこのありさまだから、仕事にも影響して毎日を惰性のままに過ごしてしまう、という危機感を覚えました。

 そこで、『意識転換』の必要が出てきました。それは、会社以外の余暇時間をできるだけ『自分から発信を行う場に出向く』、『周りの人や友人に活力を与えるものを生産する』ことにあてたいと思うようになりました。始まったばかりですが、ライフワークとして続けるに値しそうです。

 『自分から発信の場に出向く』という点は、すでに『るいネット』の投稿や『ネットサロン』、『なんでや劇場』の参加である程度実現できています。おかげで、ひとりぼっちで時間を過ごすことは大幅に減りました。むしろ、異なる人同士が『互いの知識や考え、思っていること』を率直に言葉に出し、議論することでストレス解消どころか活力と笑顔が出てくることが多かったです。おかげで私も以前よりストレスが減り、笑うことが増えました。

 議論に参加している時点で、『ネットサロン』や『なんでや劇場』も立派な『発信の場』です。ひとりぼっちでネタになりそうな本を読んでも、議論したり中身を分かち合う人がいなかったら、『自己完結』に終わっていました。

 もしかすると、私はこのような『発信の場』に飢えていたのかもしれません。現状に満足せずに、さらなる『発信の場』を探し、最終的には自らの手で作れるようになりたいです。『自分から発信の場に出向く』という行為を通して、自分以外に、関わった人たちの活力を生み出すことにつながる快感を学ぶことができたから、このように思ったのです。

 『周りの人や友人に活力をあたえるものを生産する』ことに時間をあてることは、今は準備の段階です。幸運なことに、現在交際している友人の興味がある、あるいはライフワークの分野と、私の趣味、特技が重なっていました。(私は絵を描いたり、文章を書いたり、おしゃれな雑貨のデザイン観賞などが好きな人間です。)

 現在は、仕事のない時間に関係したことを学んだり、実際に作成して腕をあげるように努力を続けています。将来は趣味、あるいは副業という形になるか分かりませんが、友人と共演できる形にしていくことを目標にしています。もちろん資格の勉強もありますが、昔と違い、自己満足ではなくて、他人の役に立ちたいという目標で勉強できそうです。

 友人に貢献できるように自分を高めることが、『活力』を与えるものが生産できることにつながります。すでに述べましたが、『発信の場』をつくることにもつながると考えています。

 余暇の過ごし方については、受け身の気持ちのままで、ひとりでテレビゲームなどの『刹那的な快楽』にふけったまま終わるとむなしいです。これでは長い目で見ると『活力』も何も生まれません。それよりは、毎日ほんの少しでいいですから、余暇時間で『活力』になるものを発信、あるいい生産し、それを分かち合うために使うほうが、毎日を明るく暮らせそうです。仕事や勉強にも、よい影響が出そうです。
 
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