日本人と縄文体質
225059 海洋民族としての縄文史観(2)〜弥生時代の担い手も海洋民
 
田野健 HP ( 49 兵庫 設計業 ) 10/01/25 AM01 【印刷用へ
前稿の続きです。
著書「続・日本の歴史を読み直す」より
※印は私のほうで少し文章を変えました。(  )内は網野氏の原文です。

>稲作は縄文晩期から瀬戸内海や北九州の一部ではすでに始っており、江南地方から朝鮮半島を経由して稲作を初めとする多様な文化が紀元前3世紀頃には流入してきます。同時に畑作の作物や青銅器、鉄器、養蚕、織物の技術、新しい土器製塩の技術などが入ってきます。このような稲作の文化は紀元前3世紀頃から非常なスピードで西日本に広がり、伊勢湾から若狭湾にいたる線から西までは20年から30年で弥生文化が広がったと言われています。

>弥生文化は本来、海を越えてきた文化であり、海や川を通じて広がった事は明らかです。
ですから弥生文化をもたらした人々は海に深いかかわりがあり、船を駆使するすぐれた航海技術をもった人々であったと考えられています。さらに弥生時代は初めから海を視野に入れないと理解しがたい文化であると言えます。中国大陸や朝鮮半島との交流も、はるかに密度が高く、朝鮮半島南部から日本列島で作った弥生土器が出土している事からそれらの地域との交流の中で海と深いかかわりを持ちつつ「倭人」とよばれる集団が形成されていくのだと思います。

>それゆえ、「倭人」とは決して「日本人」と同じではないのです。列島を中心とした弥生文化の担い手であるとともに、海を越えて朝鮮半島南部、あるいは中国大陸の一部にまで広がった人々の集団であったと考えておく必要があります。

>それらは「魏志倭人伝」によってもよくわかります。対馬について田畑がないのでもっぱら南北に交易を行って生活しているとあり、壱岐についても同様に交易をしていることが書いてあることです。これは壱岐、対馬だけでなく、島で成り立っている日本列島の広く当てはまることだと思われます。さらに「倭人伝」の中には「国々に市あり。有無を交易す」という記事が出てきます。この「国」は後の郡の程度、あるいはもう少し小さな単位だと考えられますが、すでにそうした地域に市庭がたっているわけで、交易の場がいかに重要であったかがよくわかります。

※このように日本列島の社会は早期から交易を行うことによって成り立っていた社会だったと思います。(このように日本列島の社会は当初から交易を行うことではじめて成り立ちうる社会だった)

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網野氏が指摘しているように黒曜石や翡翠、天然アスファルトは縄文中期には三内丸山を拠点とした日本海側のネットワークを形成しており、塩や魚介類は縄文後期に関東で大規模な加工工場が確認されています。

これらのネットワークを贈与ネットワークと呼んできましたが、わざわざ数百キロ離れた遠方へ運ぶこれらのネットワークは贈与の域を超えており、見方を変えればすでに物を介して情報や人を交流する古代交易ネットワークが形成されていたと見る方が自然かもしれません。

逆に言えば縄文時代を通じて切れ間なく大陸から人が漂着しており、そのいずれもが長い航海を経てたどり着いていることからして、列島に流れ着いた人は総じて航海技術に長けており、それらの技術を生かしてネットワーク形成を担った運輸集団になっていった可能性もあります。
その一つが縄文晩期に北九州に漂着してその後長野から東北に移動した安曇族であり、古墳時代を通じて日本中にネットワークを広げた物部氏です。

また、縄文語が東と西で縄文時代の間に地域間の差が小さくなり、稲作や土器、古墳の技術が瞬く間に拡がっていくのはそれらの海洋と川を経由した既存ネットワークがすでに構築されていた事の証左であり、後の渡来民はそれに乗じて海のネットワークを使っていったのではないでしょうか。

これら海のネットワークの存在はその後の日本の市場や商業の形成に江戸時代まで影響を与えていきます。また海外との通商も室町時代まで民間人を中心に積極的に行われており、網野氏の言うように海洋民族としての視点は日本の市場、通商史を紐解く上で欠かせない観点かと思います。
 
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