日本人の起源(縄文・弥生・大和)
225049 海洋民族としての縄文史観(1)〜古代交易ネットワークの形成
 
田野健 HP ( 49 兵庫 設計業 ) 10/01/24 PM10 【印刷用へ
日本の国土の最大の特徴は四方を海に囲まれている点であり、国内には多くの河川、湖、などの水源があり三千七百にも登る島が列島の中には含まれている点である。

大陸と地続きである国家に比べ海という最大の防衛環境を得ている点、それが縄文―さらにその延長の日本という独自の文化を形成する根拠であり、言い換えれば他国との影響を良くも悪くも受けずに独立して存在してきた。

網野氏は一般的に言われるこの歴史観を一面的とばっさり切り捨てている。海洋民である縄文人は海を使って有機的に各地へ移動分散し、広域に渡る古代交易ネットワークを形成していたと言う説である。
網野史観から紹介してみたい。著書「続・日本の歴史を読み直す」より
--------------------------------------------------------
>従来の見方では縄文晩期から弥生時代にかけて、稲作が日本列島にわたってきてからの列島社会は基本的に農業、稲作を中心とするようになり、 海によって周囲から隔たれられた島々の中で、自給自足の生活を営む孤立した社会であった、と考えられてきたと思います。しかしこの常識的な見方はじつはまったく偏っており、こうした日本列島の社会像は誤った虚像であるといわなくてはなりません。

>まず海によって周囲から隔てられた島々という事は、ことの一面を捉えた見方です。たしかに海が人と人とを隔てる障壁の役割をすることがあるのは、もとより事実ですが、それは海の一面で、海は逆に人と人を結ぶ柔軟な交通路としてきわめて重要な役割を果たしていたことも間違いありません。日本列島は三千七百以上の島々から成り立っていますが、これらの島々はそれぞれ海によって結びついており、東西南北の海を通じてアジア大陸、東南アジアの島々、さらに南の島々とも、非常に早くから人や物の交流があったことがわかっています。また列島内部でも湖や川、あるいは山は交通路として役割が非常に大きく、そこからはそれぞれに豊かな山の幸、海の幸、川の幸がもたらされ人々の生活を維持する上でも重要な意味をもっているのです。

>名古屋大学の渡辺氏の研究によると朝鮮半島の東岸と南岸から対馬、壱岐、北九州などにかけての地域に共通した文化、結合釣針や石鋸を使い、曹畑土器を用い、特有の石器を使う魚労民の文化があったことが証明されました。渡辺さんの研究によるとこの文化はやがて沖縄から山陰、瀬戸内海ともかかわりを持つようになるとの事ですが、縄文時代以来、海を通じて朝鮮半島と日本列島の間にきわめて広い地域的な人の往来があったことが、これによってはっきりわかったわけです。縄文文化は決して現在の「日本」の領土の範囲にとどまり日本列島の中で孤立していたわけではないのです。まことに当然ながら、アジア大陸と深く結びいていたことが明らかになってきました。

>こうした新しい発見はその後も次々となされ、森浩一さんによると隠岐島の黒曜石が中国の沿海州から発見され、伊豆の神津島の黒曜石も本州の東部のいたるところで見出されるのだそうです。このように黒曜石の分布は非常に広域におよんでおり、これも海を通じての交易を考えなくては理解できない事実だと思います。
(中略)こういう事例は数限りなくあげられるようで、長野県で黒曜石の工場のような遺跡が発掘されたという話もあります。黒曜石は日本列島の中で非常に活発におこなわれており、これはたまたま交易したというのではなく、最初から交易を前提に黒曜石の生産をする、いわば「商品生産」が縄文時代にすでにあったと言えるのだと思うのです。

>黒曜石だけでなく塩も同様で、日本列島の場合、岩塩がありませんから塩は海水からつくらなくてはなりません。縄文後期になると土器を使って製塩が行われるようになります。霞ヶ浦の沿岸などに大きな製塩土器発掘されていますが、土器で塩をつくりますと相当量の塩が一挙にとれますからこれは交易を前提とした製塩であるといって間違いないと思います。塩がとれると魚貝の塩蔵も可能になり、塩の交易、それに伴う魚介類の交易は、日本社会の中で最も早く現れる商業で、塩商人、魚貝商人はもっとも古い商人ではないかと思えてきます。
 
  List
  この記事は 210290 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_225049
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
縄文人の海洋術〜自然への対処技能は古代人の方がはるかに高かったひとつの証 「縄文と古代文明を探求しよう!」 19/08/12 AM00
シリーズ「日本人の起源」(2) 「縄文と古代文明を探求しよう!」 10/09/21 AM00
226493 単一民族日本が持つ特殊性と可能性について 田野健 10/02/15 AM03
225059 海洋民族としての縄文史観(2)〜弥生時代の担い手も海洋民 田野健 10/01/25 AM01

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp