暴走する悪徳エリートの所業
223402 司法は独立しているのか(1)
 
みのり ( 20代 会社員 ) 10/01/04 PM05 【印刷用へ
「検察は、行政の機関であって、司法機関ではない。」
司法機関は裁判所だけなのだそうです。
しかし、三権分立で独立していると謳っていながら、
>日本の司法をつかさどる裁判所は、検察が起訴した事件に対して、なんと99%を超える異常な有罪率で応えている。(222524)<
という実態があります。

これは体制は変わっても、戦前の性質を残したままだからだと考えられます。

以下、研幾堂の日記(リンク)より2投稿に分けて部分的に引用紹介します。
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戦前は、つまり《明治憲法体制》では、司法行政という言葉が使われていて、司法もまた行政の一環であった。

そして、その方面の要を為していたのが、検察なのである。判事は、検事の指揮監督の下にあった。勿論、司法のこのようなあり方に対しては、議会が自主独立を求めた動きがあったように、自主独立した司法という理解から、批判が加えられていたし、行政的司法の体制の中でも、法の裁きは、政府の意向の実現とは違う、という態度を取ろうとした判事も存在した。その名判官の列の最後の方の一人が、吉田久である。

明治四十年代以降に、司法権の独立ということが、活溌に言われるようになるのであるけれども、しかし、その動きは、司法部内の検察権力の台頭と、その政治的影響力の増大として理解されるものなのである。

(以下は、「近代日本の司法権と政党」三谷太一郎著より引用。)

「検察権力は明治四十年代から積極的に政治的疑獄に介入し、藩閥、政党、さらに軍部に対しても政治的脅威としてうけとられるようになる。そしてそれを通して司法部の政治的威信が増大し、「司法権の独立」は防衛的守勢的なものから攻撃的攻勢的なものに変わってくるのである。・・・

●[明治四十年に刑法が改正されたが、その]新刑法は旧刑法に対して、刑事政策的見地を強調し、起訴の決定、量刑、および刑の執行のそれぞれの面で判検事の裁量の範囲を拡大した。とくにこの刑法改正によって拡大された「執行猶予」、「仮出獄」、「起訴猶予」といった諸制度は司法官によって積極的に適用され、しばしば政治的解決をもたらした。このことは必然的に司法部の政治化を促進したといってよい。

●司法部内および部外に対する検察権の威信を高めたのが、明治四二年の日糖事件といわれる政治的疑獄への介入である。・・・[この摘発で]当時東京控訴院検事長代理として検察の総指揮をとったのが、司法省民刑局長平沼騏一郎である。平沼は異例にもこの事件を直接検察の手で捜査するために、司法省としては、はじめて機密費七万円を大蔵省主計局長荒井賢太郎と交渉の上調達した。これは検察の威信の向上を賭けた平沼の執念が、この事件の追求に込められていたことを物語る。彼[平沼騏一郎]は当時の心境について、後に次のように述べている。「[中略]・・・。・・・世間は段々腐って来た。[中略]・・・小泥棒、詐欺、博打の如きを罪しても仕方がない。実業家、官吏など威張ってゐる悪い者をどうかせねばならぬと考えた。」

日糖事件は平沼の期待通りに、検察さらに司法部全体の威信を高めた。平沼はこのことについて次のように述べている。「・・・司法部が世間に憚られるようになったのはこれからである。・・・日糖事件は司法部として新時代を画したものである。」要するに、日糖事件の意味は、従来実際の捜査においてはもちろん、捜査開始の決定、方針、および方法についても一切が司法警察に委ねられてきたのに対し、はじめて検事主宰による犯罪捜査の慣行が確立されたことにあるといってよいであろう。この慣行が起訴猶予、刑執行猶予等の諸制度の運用と相まって、検察権力の増大を促進したのである。

日糖事件を摘発した検事局は、同じ布陣で翌明治四三年大逆事件を摘発する。日糖事件の総指揮者平沼は、民刑局長兼大審院検事として、病臥中の松室検事総長に代わって再び総指揮をとる。これによって検察の政治的威信は決定的に高められた。

これら二つの政治的事件によって、検察内部はもちろん、司法部全体を通じて平沼の地位が決定された。これ以後平沼は、消極的な「司法権の独立」に代る積極的な「司法権の独立」の象徴として司法部に君臨するのである。」

(2)へつづく。
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