暴走する悪徳エリートの所業
222103 脱官僚依存・政治主導のかたち 〜 議員立法を最大限活用した政治家1
 
2U 09/12/17 PM05 【印刷用へ
日本の法律が成立する過程は、内閣が提出する、行政立法と議員が提出する議員立法がある。
国会は立法府、つまり法律を作るところだ。議員が法律案を提出するのは当たり前なのだが、実態は異なっている。日本の国会では、内閣、つまり行政が提出する法案の割合が非常に高い。実際、議員提出議案は約3割に過ぎず、そのなかでも可決される法案となると、議員立法はたったの1割程度。
こうなる理由は、「与野党を問わず、日本の政治家には独自に政策を立案したり法案を書いたりする機能がなく、与党はこれらの作業の多くを官僚に丸投げしている」というのが現実であるようだ。

これが官僚・司法の暴走を進める要因となっているのだが、これとは反対に議員立法を最大限活用し、日本の官僚機構をその支配下におさめた人物がある。
田中角栄である。戦後の混乱期・GHQや官僚との駆け引きは、政治家と官僚の力関係を雄弁に物語る。
民主小沢代表も角栄の意思をどこまで受け継ぎ、日本の将来を見据えているのか。

以下 田中角栄を歩くリンク より引用。

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>田中角栄は生涯に46件の法案を議員立法で提案し、33件を成立させた。31歳から36歳の「下積み時代」に何と26件もの法案を提出している。党幹部、閣僚として深く係わった法案も含めれば、田中の尽力で日の目を見た法律は120本を越える。他の政治家が足元にも及ばない数である。
 戦前、戦中の明治憲法下では立法権も天皇に属しており、帝国議会は協賛機関にすぎなかった。実質的に立法権を握っていたのは藩閥、政党、軍部と結びついた官僚と特権階級だった。だが、敗戦を機に新憲法が公布され、主権在民、国会は立法の府に変わる。その気になれば国会議員は誰でも法案を提出できるようになった。
「一土建業者」だった田中がこれだけの議員立法をものにした。彼が戦後民主主義の申し子といわれる所以である。
 と、教科書的にはひとまず説明できるだろう。

 しかし、冷静に考えれば、いかに田中が天才的な洞察力を発揮し、虐げられた民衆の怨念を背負って復興から建設へと情熱をたぎらせたにしても、ひとりで法案が作れるはずもない。建設委員会で「国土総合開発法(閣法)」の旗振り役となった1950年には「首都建設法」「建築士法」「京都国際文化観光都市建設法」「奈良国際文化観光都市建設法」を議員立法し、「住宅金融公庫法」「建築基準法」の立案にも首を突っ込んでいる。土木、建築に関する法律にはどん欲に片っ端から手をつけた。
 法案づくりは神経をすり減らす作業だ。過去の厖大な法令集を引きながら「又は」の一語をどこに入れるかにも脳漿をしぼる。「and」か「or」か、で大激論となる。法案策定のプロである官僚の手を借りなければ、とてもまとめきれるものではない。
 田中に議員立法が集中した背景には、GHQと向き合いつつ、法律をテコに自己増殖を狙う建設官僚たちの思惑があった。

●戦前から戦後に生き延びた官僚群は、いわば「GHQの影法師」
 議員立法はGHQの受けもよかった。大統領制の米国では政府に法案提案権がなく、立法権は上下両院に委ねられている。議員は法案を提出するのが仕事である。議員立法こそ「本筋」の考え方が根強かった。議院内閣制で近代化を遂げた日本とは「歴史的現実」が大きく異なっていた。占領下ではGHQの目が光っていて法制化の仕事がやりにくかったのではないか? との質問に川島は次のように答えている(「前同」)。
 
「逆です。アメリカは大統領制のもとにおける議員優位主義のお国柄から、およそ政策というものは議員が立法化を行って、それにもとづいて公務員は忠実に実行する。これが正しい民主主義国家のあり方だという慣行がある。そういうアメリカの思想から見ると、日本はあまりにも法律が少なすぎる。だからアメリカはむしろ法律をつくることを奨励したわけです、それも議員立法の形で。ところが、日本の議員にもスタッフにも、残念ながら立法能力がない。それで戦後あわてて(経済)安定本部から派遣された職員で調査部を各委員会ごとにつくったわけですが、その職員たるやなにしろお茶くみというかクラークみたいな人ばかりで立案能力がない。それで政府各省のベテラン事務官が中心になって立案全部をやったんです」
「……GHQのオーソライズには野党でも反対できない。反対したら、GHQに罷免されますから、非常に楽なわけですよ。今日のように野党相手の工作に奔走してクタクタになるというような手間が省けます」

 川島の証言には悪びれたところは少しもない。ここに戦前、戦中と戦後の「不連続の連続」が見出せる。わたしたちは、長い間、敗戦で軍部が消え、民主主義のもとに新たな国づくりが始まった、と教えられてきた。しかし、国民の生活を実質的に縛る諸制度は、戦前から連綿と続く官僚の系譜によって練り直されたのだった。GHQは、憲法、農地解放、教育、地方自治、労働など国のしくみの根幹には自ら手を突っ込んで大きく変えたが、法律レベルでは官僚に任せるしかなかった。スタッフに実務能力がなかったのである。
戦前から戦後に生き延びた官僚群は、いわば「GHQの影法師」としてその威光を盾に制度の網を編んだ。
 
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