次代の活力源は?
215485 これも試験制度の弊害?!『ほめること』が苦手、『ほめられること』が苦手
 
汚れなき男 ( 29 神奈川 会社員 ) 09/09/20 PM08 【印刷用へ
『ほめること』が苦手、『ほめられること』が苦手

こういう人、多いみたいです!ほめられるのは嬉しいのに、いざ誰かをほめるとなると一体どうやってほめたらいいのかわからない・・・
ほめてはみたけれど相手が思ったより喜んでくれないなぁ、などなどいろいろ悩んでしまう・・・

母親になって、父親になって、部下ができて、友達ができて、彼氏(彼女)ができて、いろんな場面でほめる場面に出くわす事はあるけれど、私って『ほめベタ』なのかもと感じている人、少なくないようです。しかも、ほめられても『私なんてまだまだ・・・』と相手の評価を素直に喜べない人も!!これって、ほめる側もほめられる側も実はお互い損している状態です。これでは、ほんと、もったいない!!

書店なんかをたまに訪れると、ほめることを推奨する動き多くなっていること肌で感じますよね。子育て本、上司から部下への指導本、夫婦の営み本などジャンルも様々です。でも、「な〜んだ、ほめればいいのか!」と思って、やたらとほめるだけではもちろんダメなことは察しのいい人なら薄々感じ始めているはずです。要は、『ほめること』『ほめられること』に込められた意味や真意が理解不足では効果は認められないということです。

そもそも『ほめる』ことへの活力構造とは、現実の社会の中で集団としての課題(外圧)があり、その中で役割を期待され行動し、それに対して評価されたときにおける活力(内圧)論としての最大級の評価共認であるということです。ほめる=感謝と期待

つまり、前提としてあるのは
@集団課題があること
A課題の中身が現実の社会の中の課題であること
B結果を共有する仲間がいること
です

この前提が非常に重要なのです。というのも、これらが前提の行動は、全てにおいて感謝の念とつながっています。つまり、ペーパーテストのように【成果】が全てなのではなく、そこに至る【過程】や、【意識を日々皆に向けているか】が評価されるのです。つまり、どんなに結果が優れていても自分よがりで周りを疲弊させるような成果より、結果はもう一歩でも、周りを元気で笑顔にさせてくれる成果の方が集団全体の活力を底上げする意味で重要なのです。そして、長期的視点に立てば、どちらが集団にとって有益なものとなるかもよーく見えてくるでしょう。ここでの評価「ほめる」「ほめられる」行為が、自分の活力に留まらず相手の活力をも引き出して、お互いの『充足→成長』の関係を引き出す活力の波及効果として機能しているのです。

逆に言えば、ペーパーテストに代表される個人を起点とした課題ではこの波及効果はほとんど見込めないのです。なぜか?といえば

個人課題であるがゆえに「ほめる」「ほめられる」ことによる活力はその当事者か、せいぜい親や先生止まり。言わば波及効果が非常に弱い、あるいは全く無いのです。

例えば、テストで100点をとった子が80点の子をほめても、なんか微妙。人によっては皮肉を感じてしまう人なんかもいるかもしれません。

つまり、ペーパーテストのような個人課題では、個人の利益に立脚してるがゆえに他人が評価できるポイントが成果に限定されてしまう傾向があるということです。過程が見えにくく、喜びを共有できる仲間もいないわけですからそうなるのも当然です。また、とことん私事なわけですから、先程の冒頭の例でも紹介したような「ほめられても、私なんてまだまだ」という素直に評価を喜べない反応の子も登場するのです。

ここで、集団課題との違いを整理すれば、ペーパーテスト、あるいは資格試験は
@設問も答えも予め用意された、個人課題でしかないこと
A成果や結果は自分の責任の範疇で済まされること
B周りの成果や結果に対する共鳴、共感がないこと
です。

以上より、もう、お分かりでしょうか?

最近の親も、先生も、上司も、彼氏(彼女)も、友達も、ほめる内容が【成果】しか見てないのが問題なのです。所謂、個人主義と試験制度が作り出した問題です。とかく幼少期に課せられる課題がほとんど個人課題ゆえの弊害と捉えてもらえれば良いかと思います。重要なのは、【成果】と同様に【過程】や【みんなに意識がむいていたか】をしっかり評価することができるかが、『ほめ上手』への道には欠かせないということです。そういう視点で「ほめる」「ほめられる」を見つめ直してみたら、充足・安定・保守の可能性がもっと開花しそうです。
 
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215567 『ほめること』が苦手、『ほめられること』が苦手、を直すための劇的な方法☆ 佐藤英幸 09/09/22 AM01

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