マスコミに支配される社会
207372 テレビの「やらせ」「捏造」問題に対するBPOの見解に愕然
 
匿名希望 ( お年頃 ) 09/05/25 AM08 【印刷用へ
あまりにもあきれた意見が掲載されていましたので紹介します。
業界側の人間の感覚がいかにズレているかが分かります。

『不可視型探照灯』さん リンク より 
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はっきり言います。
この認識ではTVが世間から「嫌われる」傾向にブレーキはかかりません。

さて、昨今起きたテレビ朝日の「ウソバスター!」捏造ブログ騒動についてや、その他「やらせ」に関する事例について、BPOの中で議論をしている。

だが、その議事の中身をつぶさに見ると、背筋が凍るような意見をさらりと言っている (※以下引用  強調部分は●で示した)

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■第22回 放送倫理検証委員会(BPO:議事概要/放送倫理検証委員会)より

2. ブログを捏造して放送したクイズバラエティー番組

インターネットで閲覧できる情報のウソを検証しようとするクイズ形式のバラエティー番組で紹介されたブログが、実は、番組の素材として使用するために制作スタッフが作ったものであったという問題。当該局からは、参考にした実在のブログのコピーが提出された。各ブログの放送使用許可が得られなかったので、制作スタッフが6つのブログをネット上に捏造して放送した制作・演出手法の適否を中心に討議された。

<主な委員の意見>
・ネットもメディアである。テレビというメディアが他のメディアを扱うときの常識の欠如。なぜこういう企画が通るのか。

●何で大騒ぎするのか。被害は何なのか、何もないではないか。どこかで歯車が狂ってきている。

・しかし、捏造といえば捏造というカテゴリーだ。

・大した問題じゃないしレベルが低いから放っておけばいいというのとはちょっと違う。番組制作の安易さに対して苦言を呈したい。制作費がないのならば知恵を働かせるのがプロだ。ブログ上のウソを責めるような企画ではなく、他に目を向けて頑張ってほしい。

●あちこちから捏造と言われると制作者が萎縮し、あれもこれもやめようとなって良い番組が消えてしまう。制作者が萎縮する傾向になるほうが恐い。

・ネットは個人の書き手に全責任が委ねられ、読む方もそれを前提にするメディアだから、ウソがあるからテレビがそれを叩くという企画自体がおかしいのではないか。

・背後にウェブ世界の信頼性という大きな問題を抱えている。放送と通信の一律管理のような、テレビ番組だけで云々できない局面に本質があるのではないか。

以上のような意見交換の結果、ブログの捏造が否定されるべき手法であることは間違いなく、その限りにおいては当該局に反省を求めたいが、細かい部分の見せ方の問題であり、それによって誰かが被害を被ったわけではない。必要以上に捏造と騒ぐと制作者が萎縮するという意見もあり、個別の事案としては取り上げないが、バラエティー論の一環として他の事案と共に改めて検討することにした。

4. 制作スタッフにやらせのインタビューをしたバラエティー番組

ローカル局のバラエティー番組で、出演タレントが街頭ロケで女性の通行人の年齢当てをする。その通行人にはスポンサーが提供する景品が贈られるコーナー企画。ところがインタビューされたのは制作スタッフの女性であった。再放送時に、インタビューされた人の名前と制作スタッフの名前が同じであることに視聴者が気づき、やらせが発覚した。当該局は記者発表をし、社内に調査委員会を立ち上げ、番組を打ち切るなどの処置を取った。

<主な委員の意見>
・当該局の対応は過剰反応ではないか。調査委員会を立ち上げてどのようなことが報告されるのだろうか。

・ローカル局にとって1社提供スポンサーが大切なのはわかるが、視聴者対策よりもスポンサー対策が優先しているのではないか。それに倫理問題が利用されているようにもみえる。

・インタビュー相手がいないならば、「今日はスタッフに聞きました」で済む話ではないのか。

●欧米ではやらせにならなくても日本はちょっと神経質なぐらい厳格にやらせにしてしまう。そこまで目くじら立てて取り上げる気はない。

●やらせとか捏造という倫理を問うキーワードが便利なものとして流通していて、テレビたたきの便利な道具に使われている。

・放送局の営業や代理店は、その番組が買い切りのスポンサーになった瞬間に番組全体がCMであるかのような錯覚を持つようになることがある。その錯覚が問題だ。

・通行人にインタビューするくらいのことに手抜きをするべきでない。現場の一人一人が横着であり、その横着さと安直さがまん延しているのが許せない。

・このようなリアクションでは、局は何も良くならない。視聴者のほうを向いていないし、これでは自らの制作活動への自省がないから、今後、も起きてくるのではないか。

以上のような意見交換の結果、単純なヤラセではあるが、ロケ現場の選び方から人名スーパーの出し方まであまりにも稚拙であり、悪意すら感じられない。当該局は過剰とも思われる対応をしているが、番組制作の基礎を踏まえて、横着せずに制作してほしいというのが委員会の希望である。単体の番組としては取り上げないが、バラエティー論を議論するときの材料に加えることにした。
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私にとっては、この議論すら「テレビ側の内向きな理論」にしか見えない。

危機意識の欠如も甚だしい。
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