思考革命:問題意識発から可能性発へ
206139 生物本来の『必要か否か』での生活スタイル
 
本田友人 ( 23 千葉 会社員 ) 09/05/09 PM06 【印刷用へ
>『必要か否か』という判断機能は、存在(本能・共認・観念)を貫く、極めて基底的な地平にある判断機能である。33995

生物は、本能で「生きるためにはどうするのか?」と感じ取り、『必要か否か』を判断している。

生物には、「死ぬ」という判断は無く、「生きるためにはどうするのか?」と判断をし、その結果、環境適応出来なかったものが、「死」に至る。

よって、「生きるか死ぬか」という言葉は、人間の観念によって生まれた言葉である。

つまり「自殺」とは、『必要か否か』の判断軸で見ると、「死」が必要という判断を下したことになるが、これは、生物としてはありえない判断で、正常な判断が出来ていない事になる。

そして、このような言葉が生まれていること自体が、世の中の何かが歪んでいる事を感じさせられました。

これらは、
私権闘争の圧力で満たされた社会では、人為的な私権の強制圧力とそれに基づく共認圧力によって、「私権だけが絶対的に必要」(従って、何にたいしても必要か否かの判断は一切無用)という極めていびつな状態が作り出されてきた。

しかし、今は貧困が消滅して私権の強制圧力が衰弱してきているので、
>人工的に作り上げられた「私権だけ」といういびつなタガが外れて、生物本来の基底的な判断機能が再生されてゆくのは当然である。

私権の強制圧力が衰弱してきたこれからは、『必要か否か』の判断軸で、生物本来の生活スタイルを取り戻す事が求められているだと感じました。
 
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