人類の起源と人類の拡散
204233 極限的外圧下での「骨髄食」が二足歩行の可能性を開いた
 
西谷文宏 ( 32 和歌山 建築設計 ) 09/04/12 PM10 【印刷用へ
>ホモ・ハビリスは、おもに腐肉漁りをしていたという結論が出たわけです。ライオンのような捕食性の動物が殺して美味しいところを喰ったあとの食い散らかし。さらにそれを腐肉漁りをする禿鷹などが食散かしたあと、残った骨と皮だけになった動物の死体から、まず骨を石器で割り、その中の骨髄を食べるというわけです。(125102

骨髄食に関して、人類の歯の構造+指の構造と結びつけて論理的に考察している仮説を発見した。
以下、房総自然博物館館長・雑誌「にほんざる」編集長 島泰三氏のインタビュー(財団法人 塩事業センター Webマガジンen掲載)より引用。

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「直立二足歩行が手を自由にし、大脳の発達を促し、ついには文化の創造と発展につながった」というのが、人類学の決まり文句でした。しかしそれは、まったくの事実無根です。直立二足歩行というほかに類例のない移動方法のしかたを始めた最大の理由は、大脳の発達のためなんかではなくて、特別な食物に関係しているんですよ。「口と手連合仮説(猿の手の指の形は主食と関係する。著者の真猿の観察から得られた仮説)」によって、それがわかったのです。
 指の中で親指が最も太いということと、サル類としては異例のことに突き出した犬歯がなく、全体にエナメル質が厚く表面がつるつるしている臼歯という特徴を人類はもっています。この特徴は人類学を学ぶものにとって常識になっているのですが、これはまさに人類の主食と深く結びついた特徴だったんです。
 果実を食べるためには犬歯はなくてはならないもの。なのにそれがない。それと太い親指です。この二つの特徴は何を示しているのか。おそらく初期人類は、チンパンジーのような果実食ではなく、もっとしっかりにぎって食べなくてはならないものを主食にしていたに違いない。そして、それを探しまわるために直立して移動したに違いない。そう想像してみたんですよ、そうしたらあったんですね。主食となる物が。

・・・(中略)・・・

 ひとつの面白い論文に出会った。ポルシュネフというロシアの学者が出した「ボーン・ハンティング仮説」。翻訳すれば骨猟仮説というもので、初期人類は狩猟者というよりも、肉食獣の捨ててしまった骨を集めていたという説を展開したんです。私は、これだって思いましたよ。つまり、初期人類は、肉食獣たちが肉を食べた後に残された骨を食べていたんだと。それまでどの動物も手を出さなかった骨を、初期人類は主食にしていたんじゃないかと思い至ったわけです。
 それでいろいろ調べてみたら、骨というのはたんぱく質もエネルギーも豊富で、十分な栄養がある。これを食べ物にしない手はない。ある日イヌにやろうとして残しておいたウシのろっ骨を眺めていて、実際に食べてみようと思ったんです。ところが、やはり骨と言うのは猛烈に堅い、当たり前ですが。しかし、何度か包丁の背でたたいているうちに骨の端がぽろっとかけたので、それを口に含んでみた。最初はうんともすんともいわなかった骨が、噛み締めているうちにぽろっと一部がこぼれたんです。いったんこぼれはじめるとあとは簡単です。口の中で転がしていればどんどんこぼれてくる。この時大活躍したのが臼歯ですよ。臼歯で前後左右にすり潰すことで、あれほど堅かった骨と栄養たっぷりの骨髄が飲み込むのに十分なのり状になったのです。骨は食べ物になるということがわかったんです。
 初期人類の手と歯は、骨を主食にするために必要不可欠な条件をすべて満たしていたんです。どんなに大きな骨でも砕くことのできる石を握りしめるための大きな親指。堅い骨を砕いてすり潰すことのできるエナメル質の歯。ここでも手と口が主食を決定している。これで道具だてはすべて出そろいました。
 
 まとめてみましょう。人類に特徴的な歯の形は、骨が主食の時に最も効率的であることを示しています。また人類に特徴的なその手の形は、骨を口に入れ、その歯ですり潰す前に、道具をもって砕かなければならない。そのためにしっかり握りしめることが必要になるんですが、まさに太い親指の構造はそのことを示しています。そして、この握りしめる手の形は、両手に物を握った場合には、立ち上がって移動するしかないことを示し、したがって、直立二足歩行が自然であることを示している。
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上記仮説によると、「骨髄食」が人類の直立二足歩行に結びついている可能性があると考えられる。

>事実として、始原人類が置かれていた環境は、そうした固定観念とは全く逆に、極めて過酷な状況=逆境であったと考えるほかない。人類に亜種は現存しないこと(たった一種を残して全て絶滅)、始原人類は洞窟に隠れ住むしかなかったこと、木の根や死肉をあさって食べていたこと、人口も極少であったことなどから考えても、強者ではなく、まともに生きていけないみじめな弱者であったとしか考えられない。(128729

極限的外圧状況の中で、他の生物の食べ残し(骨・死肉)を食べることに可能性収束した結果、人類は道具の使用→二足歩行への可能性を開いたのではないだろうか。(歯と親指形状の構造変化も、この可能性収束の結果)

>二足歩行についてですが、ナックルウォークと比較して歩行速度の落ちる(少なくとも当初は骨格・筋肉等が適応していないのでぎこちなく遅い)二足歩行に敢えて移行したのは、逃避行動を選択するより生存適応度の高い、手で棒きれ等の武器を持つ、さらに直立・手を広げることで威嚇効果が増す、遠くまでの視野が広がるといった効果を選択した結果だと考えます。(4092

恐らく二足歩行を始めた初期人類は、脳容量もまだ増大していなかった+歩行もぎこちない為に、武器の使用までは至っておらず、食料(=骨・死肉)を食する為の道具利用が中心だったと考えられる。また、食料を確実に獲得する為に、視野を広げること+いつ襲ってくるか解らない外敵を威嚇する(時には食料確保の為にも威嚇する)ことも必用だった。

つまり、極限的外圧下での食料獲得に向けた可能性収束が、直立二足歩行の基盤を築いたと考えられる。
 
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