日本人の起源(縄文・弥生・大和)
203594 「古代史年表」INDEX〜古墳・神社編
 
小暮 勇午 ( 31 京都 路上人 ) 09/04/04 PM10 【印刷用へ
縄文ブログで投稿されている古代史年表をカテゴリー毎に分割して関連投稿を紹介します。古代史追求の元資料として活用していきたいと思います。

●古墳・神社編

【前方後円墳の誕生】(2世紀〜邪馬台国…ヤマト王権)
・出雲地方を中心に、四隅突出型古墳が出現。吉備では円墳が出現。
   ├古墳の成立した理由と役割195456
   └祖先祭祀の中心が古墳から神社へ195471
・出雲大社にスサノオが祀られる
・大国主が大神神社に祀られる
・畿内〜北九州では(四隅突出型古墳と円墳が合体し)前方後円墳が出現
   └前方後円墳は、出自の異なる古代部族の和合・合体の証し?リンク
・東海〜関東・出雲では前方後方墳。
 (関東では武器・馬具などが副葬品)
   └関東に集中する前方後方墳の出自とは?184170 184175
★畿内〜吉備を中心に、前方後円墳の定型化。伽耶が連合国家であったように、日本でも渡来人による連合国家がつくられた。そして、連合の証として古墳をつくることで縄張り緊張の圧力を緩和させていたものと考えられる。

【前方後円墳の大型化】(5世紀〜応神天皇…武烈天皇/葛城王朝)
・畿内における古墳が大型化していく
・畿内・吉備を中心に大型前方後円墳
・古墳の副葬品で馬具が増加
   └古墳に副葬された武器の変遷1194521
★連合の証より権力誇示が目的化し、古墳が大型化していく。

・次第に古墳の規模が縮小し、神社が設立され始める。
★祖先祭祀の場が神社へ
   └祖先祭祀の中心が古墳から神社へ195471

【古墳の衰退と神社の発達】(6世紀〜継体天皇…推古天皇/物部氏→蘇我氏)
・百済系騎馬民族・物部氏と大伴氏が、東国から継体天皇を招く。
・東国出身の継体天皇により、東国氏族勢力の象徴として伊勢神宮が設立
   ├古墳から神社の転換が行なわれ、継体天皇が誕生195846
   └伊勢神宮は、なぜ特権的な位置を有し続けたのか?195476
・朝鮮半島との外交特権を握っていた蘇我氏が台頭。
・蘇我氏が仏教での民衆統合を進めた為、対抗する物部氏が神社による統合を強化。(物部神道)
・前方後円墳が衰退していく。
・蘇我・阿部・平群が方墳、物部・中臣が円墳を築造。
・装飾古墳、八角墓の出現。
   ├前方後円墳が方墳と円墳に分かれたのは、なぜか?202190
   ├七世紀:八角墳の登場を最後に古墳は姿を消す196232
   └高松塚古墳・四神のなぞV 中国風壁画・四神のなぞ198203
★古墳による統合から、神社ネットワークによる統合へ

【古墳築造が禁止され、仏教と神社での統合へ】(7世紀〜天智天皇・・・聖武天皇)
・百済系氏族・中臣氏の支援を受けて、天智天皇即位。
・藤原氏(中臣氏)によって神社ネットワークを利用した中央集権体制作りを進められ、古墳築造が禁止される。
   ├中臣(藤原)氏の出自をさぐる193608
   └祭祀権力による統合から官僚制による統合へ203319

・中央集権体制に対して東国氏族勢力の潜在的な反発が高まる。
・大海人皇子(天武天皇)が、東国氏族勢力をまとめ、王権を奪う(壬申の乱672)
・天武天皇・・・持統天皇により、伊勢神宮を頂点とする国家祭祀体制が確立される。
   └伊勢神宮は、なぜ特権的な位置を有し続けたのか?195476

・神社による統合は氏族単位で行われており、中央集権国家にとっては壁となる
・血縁関係によって限定されない新しい宗教システムの必要が高まる。
・東大寺−国分寺ネットワークを使った、新しい(仏教)国家作りが試行された
   └仏教が必要な理由とは? 収奪システムの隠れ蓑202654

【万世一系概念の確立】(9世紀〜桓武天皇・・・)
・奈良時代を通じて、外圧が低下。民衆の間で仏教が広がりを見せる。
・律令国家体制が確立されるにつれ氏族(貴族)の勢力が強まり、天皇の実権が削がれていく。
・天皇に期待される役割が「血統の維持」のみに。
・血統だけを正統性の根拠とした桓武天皇が即位。
・王権の構成要素ごとに神社(氏族)を配置した律令国家に。
   ├「都の神」を作り出した桓武天皇196363
   └国家統合の役割を分担した神社199271

-------------------------------------------------------------

 ヤマト王権成立から朝廷成立(=律令国家体制の確立)に至る古代日本史では、朝鮮半島由来の各氏族間が生き馬の目を抜くような勢力争いを繰り広げていた。葛城氏→物部氏→蘇我氏→中臣氏(藤原氏)は、それぞれ皇族を担ぎ上げて天皇とすることで主導権を自分のものとしてきた。
律令国家体制の確立と並行して、古墳による統合に替わって神社ネットワーク及び仏教ネットワークによる統合が進む。
律令国家体制が確立されるにつれ、天皇としての素質は問われなくなり、血統の維持のみが天皇の役割となっていく。これが桓武朝で確立された「万世一系概念」であり、これは天皇の権威を高めるためではなく、天皇の実権を限定的にするためのものだった。
 
  List
  この記事は 203590 ブログ への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_203594
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
日本の神社と祭神の関係は? 「縄文と古代文明を探求しよう!」 09/08/08 PM03

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp