不耕起移植・無農薬・冬期湛水
耕さない田んぼが生態系を蘇らせる
日本不耕起栽培普及会会長 岩澤信夫さんに聞く
リンクより引用。
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自然の山野は耕されていない
――田んぼを耕さないなんて農業の常識に反するように思うのですが、不耕起農法をはじめたきっかけは何だったのですか。
★不耕起移植栽培を始めたきっかけは冷害対策でした。私は千葉県成田市の農家に生まれたのですが、若い頃から農作業をするよりも農業技術の研究に熱中していました。スイカの栽培技術を編み出し、全国の農家に教え歩いていたのです。
東北の青森県の木造町に教えに行った時だったと思うのですが、…(略)…やはり農業の真髄はお米だと感じた。
それで、米作りを習おうと東北の農家をたずね歩いたのですが、そこで厳しい冷害の現実を目の当たりにしました。冷害というのは本当に惨めなものです。ところがそうしたひどい冷害の中で、ポツンポツンと稲が頭を下げている田んぼがいくつかあった。作っている人を訪ねていったら、全部お年寄りだったのです。なんでだろうと思ったら、息子が東京へ出ていったということで作付面積が小さい。それで機械化できないので、昔ながらの水苗代(水を引いた田んぼで苗を育てること)でやっていた。水苗代で育った稲だけが冷害に強かった。
それから稲作技術への試行錯誤を繰り返しているうちに、オーストラリアに移住した日本人がやっている不耕起のドライファーミングの論文に出会った。さらに福岡正信さんの『わら一本の革命』を読んで不耕起栽培という技術を知りました。ソレっと思って福岡さんに会いに行った。福岡さんの農法は、不耕起直播に加え、肥料も農薬も機械も使わず、種をまいた後は人間は手をかけず自然の力に委せるというものでした。暖地農業の福岡さんからヒントを得て、私の教える東北では昔ながらの苗づくりの技術(水苗代)に不耕起移植を取り入れ、冷害に強い稲作りを目指したわけです。
――耕さなくて本当に稲が育つのですか。
★今の農民はトラクターで3回も4回も5回も土を反転します。でも、よく考えてみると、野原や山や道端の土は反転されているわけではない。それでも植物は、きちんと根を伸ばし、芽を出し、立派に育っています。それが植物の本能なのです。そうした遺伝子を持った植物以外は今の地球上には存在しません。
稲もそうした植物の一種です。耕さない田んぼに植えると、コンクリートのようになった固い土の抵抗を跳ね返して根を伸ばしていく。それが根先のストレスとなって、固い土に根を突き刺そうと、細い根が太い根に変化していくのです。稲が野生化し、冷害の年でも実を結ぶし、倒伏(稲が倒れること)することもない。病害虫にも負けない強い稲ができることが分かったのです。
私は、不耕起移植の技術をたぶん1000件以上の農家に教えてきました。千葉県佐原の藤崎芳秀さんは、20年以上耕さないで稲を作っています。耕した田んぼと不耕起移植の田んぼの稲を比べると、同じコシヒカリでも不耕起移植の田の稲の方が、根も茎も大きく育ちます。冷害にも強く、多収穫と省力化を同時に実現できました。
私の経験では、初期の草取りは大変でも耕さない年数が長くなればなるほど雑草の種が掘り返えされなくなり、雑草が発芽しにくくなります。微生物の働きで土壌も豊かになる。不耕起移植の田んぼは、年々変化を遂げています。ある時、田んぼ一面に緑の絨毯のようなものが広がっているのに気づきました。サヤミドロという藻が大量に発生していたのです。気を付けて観察してみると、タニシやトンボなどの生きものも、これまで見たこともないほど大量に発生していました。
不耕起移植の田の場合、稲刈りの後も耕さないために、田んぼに稲株や切り藁が残ります。そこに水を張ると、藁や株が水中で分解され、微生物や微小動物昆虫類や藻が大量に発生します。これが生きものの餌になります。藻や植物性プランクトンは光合成をして酸素を吐き出し、たくさんの生きものが住める環境を作り出します。耕さない田んぼが、生きものの循環を生み、豊かな生態系を作り上げていくのです。
農地は耕すと、種をまいたり、苗を植えたりするのは非常に楽です。耕すことで除草もできます。だけど、耕すことのマイナスもあるわけです。一番のマイナスは、作物を甘やかしてしまうことです。人間と同じで、過保護に育てられた作物はたくましく育たない。農薬をあてにせざるを得なくなる。作物を甘やかさず、厳しい条件で生育させるというのが不耕起移植栽培の一番の骨子です。単に「昔に戻ろう」ということではなくて、「本物のお米」を作るにはこの農法が一番あっている。 |
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