心の本体=共認機能の形成過程
20119 共認回路は個体境界を越えて情報を統合する
 
本田真吾 HP ( 44 香川 建築家 ) 02/01/06 AM00 【印刷用へ
北村さんこんばんは。共認回路についての新しい視点ありがとうございます。特に共認回路は欠乏回路でもあるという視点は重要だと思いました。脳の発達との関係については、なかなかの難問で思案中です。

そこで今回は別の視点で、共認回路は個体境界を越えて情報を統合するという特性に注目して考えてみたいと思います。これも脳の発達に少なからず影響していると思います。

まず、本能回路は欠乏回路であり、不足によって欠乏が生じます。食欠乏、性欠乏などが代表格ですが、これは個体内で生じた欠乏を満たすために、一方的に対象獲得に向かうという特徴があります。

ここでは、欠乏主体である個体と、欠乏対象とは完全に分離しています。よって、統合する情報は個体の外にある対象情報だけでよいことになり、それを欠乏と結びつけるという行動をとることで、一連の欠乏を満たす過程は終了します。

ところが、共認回路のほうは、欠乏と対象の相互連携により、その充足度を高めていく(欠乏を満たす)という構造があると考えています。また、これらはそれ以前に獲得された感覚機能や運動機能に大きく依存しています。

しかし、そこから得られた同類情報は本能での価値判断が出来ず、そのまま共認回路に流れ込み、体験記憶(ここには自己体験のプラスマイナス判断など)にてらして、対象(相手)がプラス状態かマイナス状態かを判断するのではないかと思っています。ここでは、対象に対する推定を行なっているだけで、確信できません。

そして今度は、対象に対して推定した内容を運動機能(表情など)をつかって発信します。同様の過程を相互に繰り返すことで、対象の置かれた状況との同調が成立したとき、あいての状態を確信できる(=気持ちがわかる)のだと思います。

これらの状況は、本能に見られる欠乏と対象との分離と、欠乏対象に一方的に向かって完結する過程と異なります。共認が成立するということは、主体と対象のおのおのの境界を越えて情報を統合しているという特徴があると考えています。

共認動物が道具を使うというのも、この機能を道具に適用し、個体境界を超え道具も含めた身体機能同調により、あたかも体の一部のようにそれを使用するのではないかと考えています。盲人がつえの先の感覚がわかると感じるように。
 
  List
  この記事は 19754 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_20119
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
232265 観念力も充足回路が基盤となるのでは 辻一洋 10/05/26 PM09
232256 【図解】共認回路は個体境界を越えて情報を統合する kuwavillage 10/05/26 PM06
232244 共認機能は欠乏も相手発☆ 樫村志穂美 10/05/26 PM01
100634 充たし合うために発信する 尾曲圭介 05/11/10 AM11

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

「合同板」必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
『生命と場所』より…生命観
遺伝子の共同体
「利己的な遺伝子」を切開する 1
「利己的な遺伝子」を切開する 2
現状の「科学的事実」と言われているものの怪しさ
現在の生物学には何が欠けているのか
怪しげな「検証」と、危なげな「定説」
事実の体系とは永遠に進化しつづけるもの
一面的な実験データやツールとしての定説に囚われていては事実を見誤る
事実追求のスタンス
専門家集団と事実
科学と社会
「科学的事実」というドグマ
近代科学と知の体系、再考
近代科学について
実証主義を超えて2
専門家集団の自己完結性にひきつけて2・・「丸山ワクチン問題」
原爆をつくった星少年たち 2・・「科学者独自の倫理」
科学者集団の特徴A
数量化できない自然
仏教の対象認識 【受想行織】
詭弁を説明しようとするから難解になってゆく
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(2) 学習観念が役に立たないのはなぜか?
狂気の近代科学技術
原発:近代科学原理主義者たちの産物
なんで、こんなことになってしまったのか?⇒科学者たちの信じられないアホさ加減
素人が創る科学の世界〜プロローグ『科学的認識はすべて仮説、その神格化が創造の壁』
『科学はどこで道を誤ったのか?』(1)プロローグ〜「科学技術は万能」という幻想を打ち砕いた福島原発災害〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(2)古代オリエントの時代〜全てが共認対象として一体であった精霊信仰から精神を上位とし物質を下位とする二元論へ
『科学はどこで道を誤ったのか?』(5)ルネサンス(14〜16c)〜自然魔術による自然支配観念の萌芽と、「科学」「技術」統合への流れ
『科学はどこで道を誤ったのか?』(7)近代の前夜〜「科学技術による自然の征服」という思想の登場〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(9)近代U〜国家体制に組み込まれ、専門化体制の中で無能化した学者〜
『科学はどこで道を誤ったのか?』(10)〜“科学技術の申し子”が起こした惨劇
『科学はどこで道を誤ったのか?』(11)〜“観念の絶対視”が近代科学技術の根本問題〜
科学はどこで道を誤ったのか?』(13)中世後期〜キリスト教の権威付けのための大学の創設により、神の手先の「神官」から「学者」が登場する〜
楢崎皐月氏のカタカムナ説(1) 宇宙から素粒子に至るまで、万象は共通構造(相似象)を示す

『るいネット』は、48年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp