日本人の起源(縄文・弥生・大和)
200002 半島と列島をつないだ海人族とは何者だったのか?
 
山澤貴志 ( 43 鹿児島 ITコンサル ) 09/02/18 PM01 【印刷用へ
『魏志』東夷伝によると辰韓の鉄を「韓・わい・倭は、みなほしいままにこれを取る。もろもろの市買はみな鉄を用う。中国で銭を用いるがごとし」とある。この鉄を半島から日本へ伝えたのは玄界灘の海運輸送で力をつけた、安曇族や宗像族などの海人族勢力である。

彼ら、海人族とはどのような出自と性格を持つか。以下、谷川健一氏の「蘇る海上の道・日本と琉球」からの要約です。

  ******************************

日本を代表する海人族はいずれもが半島の対岸にあたる北九州にその拠点を持っていた。

福岡の志賀島には阿曇海人族の祖先、阿曇磯良が奉られ、また対馬は阿曇磯良の裔とされる長岡家がわたづみ神社を奉っている。また志賀島の勝馬から細型銅剣の鋳型が発見されており、対馬を中継点とした安曇族が、半島からの鉄の輸入に関して重要な役割を担ったことが伺われる。また宗像一族を祀る神社は福岡県宗像市の辺津宮、大島の中津宮、沖の島の沖津宮にあり、このルートはそのまま朝鮮との往来ルートである。

甲元真之の説によると半島南部と北九州をつなぐルートは3つあった。

縄文末期には、朝鮮西南部の多海島を半島側の中心拠点として、済州島、五島列島と経由して西北九州とつながるルートができた。このルートを通じて、支石墓や初期畑作技術が伝えられた。

弥生時代には、対馬・壱岐を経て九州に至るルートができた。このルートを通じて、水稲農耕技術や金属器が伝えられた。

そして弥生時代後期には、対馬の東海岸から沖の島の近くを通り福岡東部または山口県西部に達するルートが開拓された。

沖の島を通る第三のルートはけっして安全なコースではないのだが、畿内勢力が九州勢力との摩擦をさけるためにつくられたルートであり、高度な航海技術を必要としたと考えられる。この海運を請け負ったのが宗像海人ではないか、と甲元真之は考察している。

彼らは琉球―九州―半島をまたぐ流通ネットワーク「海上の道」を構築していたと考えられるが、その起源は縄文前期にまで遡れるのではないか。沖縄で出土した曾畑式土器が韓国釜山の東三洞貝塚からも出土しており、類似の土器が五島列島からも出土しているからだ。このネットワークは黒潮の流れに沿っており、他にも鉄鏃、貝の宝具等も出土し「海上の道」は確かだ。また文化的な同一性から、この黒潮ネットワークには韓国の済州島も入っていると思われる。

彼らは半島とのつながりがつよいとはいえ、文化的起源は江南に求められると考えられる。「宗像」とは胸に刺青があることからつけられた名前だとされ、阿曇族も刺青をしていたことが日本書紀の記述から伺われるが、刺青文化は原倭人、江南人の風俗である。

対馬はこのネットワークの中でも重要拠点で、のちに青銅器文化圏の中心ともいえる働きを見せる。(現在、出土した広型青銅矛400本のうち200本が対馬から出土)また前方後円墳、円墳もある。対馬は水田に適せず、海運のみに頼って発展していったであろうことは、倭人伝からも伺える。

これに対して、同じ「海上の道」に属する九州西海岸地域の海人族でも五島列島及び薩摩半島の海人族(阿多隼人)は、異なった発展をみせる。漁労文化色が強く、青銅器文化、古墳文化につながっていかなかった。(これは畿内における淡路島にも同様の傾向がみられる)彼らの酋長は名前に「ミミ」がつくが、これは貝でつくられた大きな耳飾をしていたことによると考えられる。神武天皇の系譜には「ミミ」の名がつく人が多く、アマテラスの子にも「天大耳」という子がいる。またこれらの人々は江南起源と思われる「犬祖先伝説」を持っており、後に宮中に仕えた隼人は儀式に際して犬に似た奇声を発する役割をしたといわれる。

  ******************************

半島と列島をつなぐ3つのルートは、@五島ルート:朝鮮半島、日本列島そして沖縄諸島のそれぞれに漂着した江南(越)人による縄文避難民たちがつくりだした貝文化(支石墓)ネットワーク(隼人族)A対馬・壱岐ルート:半島からの弥生避難民たちによる稲作(銅矛)文化ネットワーク(安曇族)B対馬・沖ノ島沖ルート:畿内へ進出し古墳時代を開いた古墳文化ネットワーク(宗像族)に対応しているといえそうだ。

そして、Bの勢力は@Aの勢力をも従えて、最終的には国家統一を進めていったのであろう。宮中に仕える隼人族の事例からも、そのことは間違いない。神武神話は彼らを服属させたことを物語る神話なのではないだろうか。
 
  List
  この記事は 198713 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_200002
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
202671 弥生人は呉越人との混血によって形成された@ 田野健 09/03/22 PM01
202075 対馬にみる北方神話と南方神話の融合1 山澤貴志 09/03/14 AM05

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
前夜の意識状況1 答えがないので、課題捨象
前夜の意識状況2 課題を捨象して充足収束=充足基調
前夜の意識状況3 無用となった感応観念(価値観念や規範観念)
観念捨象の実践模索では足りない=観念を必要とする地平
構造認識の現況1 否定意識や自我観念から脱却できない近代人=現代人
構造認識の現況2 特権知識階級の商売道具と化した「構造認識」
構造認識の現況3 既成観念の全的否定
思考次元1 潜在思念の実践思考
思考次元2 否定意識の倒錯思考
思考次元3 本能⇒共認⇒観念の超越思考(構造認識)
全てのネックは「答えを出せない」という一点にある
現代意識潮流と戦略ターゲット
必要意識⇒課題意識には、不全発と可能性発の二通りある!
不全発の『変革の必要』から、実現発の『認識の必要』への大転換
観念パラダイムの逆転1 現実捨象の倒錯観念から、観念捨象の現実直視へ
観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
観念パラダイムの逆転3 現実とは、人々の意識である
観念パラダイムの逆転5 現実、その下部意識と上部意識
観念パラダイムの逆転6 残る観念は、頭で塗り替えたら終い
観念パラダイムの逆転7 新しい認識だけが、現実を変えてゆく
新パラダイムの点検1 現実の壁を対象化できるか?
新パラダイムの効用1 現実否定の鎖を断ち切って、プラス活力の上昇へ
新パラダイムの点検2 可能性と不全(肯定か否定か)
新パラダイムの点検3 可能性or不全の源を対象化し続ける源泉
社会収束1 評価共認が生み出す同類圧力
社会収束2 私権圧力を超えた外向収束の潮流
新しい潮流8 現実を対象化するための概念装置
『必要か、必要でないか』という真っ当な判断の土俵が出来てゆく
必要か否かの『判断の土俵』が、国家と市場を呑み込み、解体し、再統合してゆく
新しい可能性が顕在化するとは、どういうことか?
新しい『場』は、古い評価指標の洗礼を受けて、はじめて顕在化する
実現の論理
実現論は、易しいけど難しい
行動方針4 まず身近な職場を改革してから、社会をどうするかを提示せよ
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
大衆の期待の変化に応じて統合力も変わってゆく
大衆には、運動を立ち上げる余力が無い→余力を与えられた悪徳エリートが支配する社会
金貸し勢力の弱点と自滅の構造
金貸しと悪徳エリートに止めを刺すのは?

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp