日本人の起源(縄文・弥生・大和)
198713 淡路島垣内遺跡考2〜瀬戸内海ルートを開発したのはニギハヤヒ
 
山澤貴志 ( 43 鹿児島 ITコンサル ) 09/01/31 PM06 【印刷用へ
では、淡路島、瀬戸内海ルートを最初に掌握したのは誰か。阿部さんの葛城説をとるのはやや時代的に難しいのではないか。葛城氏が権勢を誇ったのは5世紀とされ、大和川の水運を押えたことがその背景にあるといわれる。葛城氏は、蘇我氏、紀氏、巨勢氏、平群氏とならんで武内宿禰の子孫とされる。武内宿禰は神功皇后と一緒になって、応神天皇の即位を助けた功労者といわれるが、数百年、生きたことになる伝説の人物であり、応神王朝を合議体制で支えた豪族集団のことを指すのであろう。

神功皇后は住吉大社や宇佐八幡とのつながりもあり、瀬戸内海ルートの象徴のような存在であるから、葛城氏、初期天皇家を含む豪族連合が瀬戸内海ルートを押えたことは間違いない。
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しかし、記紀及び先代旧事記によれば、初期天皇連合よりも物部連合(ニギハヤヒ)が先行して瀬戸内海ルートを押えたことは確かであろう。

淡路島には物部系といわれる石上神社が南淡にあるし、北半の津名郡には物部郷がある。また淡路島と畿内をつないだと思われる播磨は、古くは物部が権勢を振るっていた地域である。
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従って、まずは物部連合が、続いて初期天皇連合が淡路島の海人族を従えた、と考えるのが妥当ではないだろうか。

そのように理解すると、記紀における、母と認めつつ、それを快く思っていないという淡路島に対する曖昧な態度も理解できるのではないだろうか。
 
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