思考革命:問題意識発から可能性発へ
197629 『必要か否か』が『何で思考』を喚起する!
 
佐藤賢志 ( 45 東京 デザイナー ) 09/01/18 AM00 【印刷用へ
>『必要か否か』という最基底の、それゆえ真っ当でシンプルな『判断の土俵』(=新しい演場の基礎)が出来てくると、国家も市場も全面的にその土俵の上に乗らざるを得なくなり(∵逃げ道はない)、そこでの評価指標=身分やお金は『現実に必要か否か』を表わすモノサシに変質せざるを得なくなる。(33995)

『必要か否か』を日々の瞬間瞬間で考えてみると、あらゆるモノや出来事の構造を追求しないと確かな判断は出来ない事に気付く。だから、そのモノの起源や歴史、出来事の因果関係や収束関係を探りたくなる。

つまり、『必要か否か』の判断をする為に、必然的に『何で?』を繰り返し追求し、最後には構造認識を手に入れることに繋がる。


さらに『必要か否か』は、「国家」や「市場」等、たかだか5000年前に生まれた存在を、同じ判断の土俵に乗せるだけでなく、生物的本能を満たし、共認動物としての人間存在を充たし、さらには社会統合という観念内容を構築してゆく次元まで貫いて、最も基底的な『適応欠乏』を生起させることに繋がっている。

金融危機を契機に、そこかしこに顕在化した『必要か否か』という判断軸は、生物としての適応欠乏発で、揺るぎない認識を多くの人間で紡いでいく、決定的な動因となる。
 
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