>それは、社会の統合の必要(実体的には私権闘争や掠奪闘争の統合の必要)は誰もが認めざるを得ないことであり、市場が統合機関になり得ない以上、国家を統合機関として存続させるしかないからである。(32086)
「社会統合の必要は誰もが認めざるを得ない」
のはなぜだろうか?
それは、生物の普遍原理にまで遡って考えることで、この社会統合の必然構造が見えてくる。
>生物は、外部世界に適応しようとして先端可能性(与えられた状況とそれに対応する諸機能のうち、最も可能性のありそうな対象とそれに対応する機能)に収束する。先端可能性に収束する事で、個体(の意識)や集団や社会は秩序化され統合される。(新概念定義集:収束と統合より引用)
露店をやっていても、「答えは必要なのか?統合される必要はあるのか?」という疑問をお客さんより受けることがある。(最近は事実収束の意識潮流からほとんど聞かれなくなったが、、、。)
おそらく個人主義の思想=「人それぞれ」という価値観に基づく思考停止に他ならない。
外圧に適応する為に、可能性に収束し統合されていくということが生物の普遍原理である。この事実に基づいて、現在の「収束不全」という社会状況に対して、みんなでどうしていくか?を思考し、答えを出し、統合していく必要があることを共認することが、新しい社会統合機構の構築に向けての第一歩になる! |
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