日本人の起源(縄文・弥生・大和)
186225 蘇我の実績を史実と整合させる為、架空の用明天皇、推古天皇、聖徳太子は作られた。
 
田野健 HP ( 47 兵庫 設計業 ) 08/09/21 AM10 【印刷用へ
続いて、ホームページ(山下氏)「聖徳太子の真相を糺す」リンクより主要な論点を紹介していきたいと思います。

>書紀には、太子・厩戸皇子は、推古天皇十五(608)年七月に遣隋使を派遣したとあり、その翌年四月条には、派遣した小野妹子らが帰国したときの様子が詳しく記述されている。

ところが、派遣先の隋国の史書・「隋書」を見ると、小野妹子は隋の使者・裴世清らと共に帰国し倭王に面談しているが、推古天皇(女帝)や厩戸皇子の名前は全く登場しない。そのときの「倭王は、阿毎多利思比孤阿輩き弥(あまたりしひこおおきみ:天足彦大王)、王の妻はき弥(きみ)、太子は和歌弥多弗利(わかみたふり)」としている。王の妻は雞弥とあるところをみれば、倭王はまさしく男性であり、女帝・推古天皇ではない。また太子は厩戸皇子でないことが歴然としている。

古事記によると、例えば孝安天皇の本名は「大倭帯日子国押人(おおやまとたらしひこくにおしひと)」、書紀では「日本足彦国押人(やまとたらしひこくにおしひと)」とあるように、天足彦大王は、明らかに天皇であり大王をさしている。

書紀の記述には何か隠し事があるとみえる。遣隋使は一体、誰が派遣したのであろうか。当時の朝廷有力者には大臣・蘇我馬子と、その長子・蘇我善徳以外に該当者は見当たらない。蘇我馬子と云う名前も書紀の偽名で、隋書にみられる天足彦大王とみて間違いない。

父の用明天皇は架空だったとすれば、厩戸皇子は生まれる筈はない。また、推古天皇時代に太子・厩戸皇子が派遣したとする遣隋使の記録は隋書にも記されているが、時の天皇は推古女帝ではなかったとみられる。したがって、書紀のいう用明天皇、推古天皇、そして太子・厩戸皇子は架空とみる他ない。

以上でみてきたように、太子・厩戸皇子の実在を証す物的証拠は何一つない。あるのは書紀の記述だけである。したがって、太子・厩戸皇子とその業績は、書紀の創作だったとみる他ない。

しかし、遣隋使を派遣したり、はじめて海外から仏法を導入し、我が国初の本格寺院・法興寺(飛鳥寺=後に元興寺と改名)をはじめ多くの寺院を創建し、古代仏教の普及に尽力した業績や証拠は今に残っている。飛鳥寺には丈六仏像(飛鳥大仏)も残っている。また再建前の法隆寺遺構も、考古学の発掘調査で証明されている。

太子・厩戸皇子は架空の人物だったとしても、それは果たして誰の業績だったのであろうか。数多くの文献や状況証拠を検証すると、その人物モデルは意外や飛鳥時代の蘇我王朝・蘇我馬子大王と、その王子・蘇我善徳の事績も含められているとみられる。聖徳太子と呼ばれ、飛鳥時代の偉人だった太子・厩戸皇子は、書紀の創作だった。

書紀は、用明・崇峻・推古という架空の天皇を創作し、大臣・蘇我馬子(そがのうまこ)は三代の天皇に仕えたとしているが、その子・蘇我蝦夷大臣、孫の鞍作(入鹿)も創作していた。馬子、蝦夷、入鹿という侮辱した名前も書紀編者の命名だった。おまけに蘇我大臣・馬子を、架空の崇峻天皇殺しにした。 蘇我大王家の系譜は、乙巳の変(645年)で蘇我宗本家の滅亡後に抹殺・改竄され、蘇我馬子大王の本名は分からない。

しかし、中国の史書・隋書・倭国伝に残る「倭王・阿毎多利思比孤阿輩き弥(あまたらしひこおほけみ:天足彦大王)」、その人だった。初代・神武天皇以前に大和王国を建国し大和朝廷の礎となった素戔嗚尊の三男・饒速日尊(大歳を改名)の東遷に随行した中にも、巷宜(そが)物部の名がみえ、第八代・孝元天皇や建内宿禰に祖をもつ蘇我家は、代々由緒ある倭国の王族だった。
(以上抜粋)
 
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186249 記紀創作の狙いとは?なぜ聖徳太子を作る必要があったのか? 田野健 08/09/21 PM05

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