収束不全:やりたいことが見つからない
184755 ネット世界にも垣間見える収束不全
 
Svengali ( 26 神奈川 ) 08/09/04 PM11 【印刷用へ
>従って、社会不全→外向欠乏の上昇によって、答え欠乏=認識欠乏が顕在化してくるのは時間の問題である。しかし、間違ってはならない。人々は潜在思念の源に強い社会不全を孕んでいるからこそ、充足を(つまりは、答えを)求める。

IT革命によって、人々の外向欠乏はより感化され、ここ数年ブログやSNSなどに急速に火がつき、絶大な支持を得た。

しかし、実感にはなるが、ライブドア事件も影響してか、ここ最近周囲を見てもどんどんユーザーが少なく(もしくは、幽霊ユーザーばかりに)なってしまっている。

結局、最大の可能性を秘めているネット世界にも、収束不全・統合不全が蔓延した形になってしまいつつある。2チャンネルなどの自己中サイトはもとより、その他のサイトにも中身(答え)がなく、人々の充足度が低い故だろう。

自己中サイトや中身のない商業サイトは、人々の自我を肥大させるだけで、早急に駆逐していかないことには、「ネット離れ」までも引き起こしてしまう。

>人々は潜在思念の源に強い社会不全を孕んでいるからこそ、充足を(つまりは、答えを)求める。実際、人々は愚痴や批判ではなく(そんな言葉は聞きたくもない)、何か答えになりそうな可能性の感じられる新しい認識を求めているのである。

そして、それに代わる中身ある発信と、人々の潜在思念を顕在化する場の構築が必至になってくるのである。
 
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新しい可能性が顕在化するとは、どういうことか?
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