農村を活性化させる為には?
1834 農業・百姓を通して見た現代人−A
 
江岸元 ( 21 神奈川 学生 ) 01/03/21 PM03 【印刷用へ
農業・百姓を通して見た現代人−A
 話は進む。「百姓」という考え方とは反対に、近代化は学問を分化させ、産業を分業化させて進化発展、効率化生産性の向上をもたらした。元来、真実は体系であり、全ての事柄は有機的に繋がったものであって、それを一つのものとして理解するのが本当である。(実現論にも通じるのではないだろうか。)にもかかわらず、扱い易いように分化し、便利である事だけを目指した。
感動的な太古の時代より在る「炎」という真実を、コンロという「熱」と蛍光灯という「光」に二分して扱いやすくしたのが近代文明だと品田穣氏は説明する。まさにその通りだ。人間に奉仕すべき学問も産業も、今や人間を支配し、人間の暮らしまで変えさせてしまった。
 現代人は、その意味において誰もが分業化を余儀なくされ、或る意味「専門家」になってしまっているのではないだろうか。サラリーマン、主婦、事務屋とかいう風に。実際もっと細かく、経理・営業・総務などと、とにかく自らが得意とする一分野の専門知識と専門世界に奉仕して一生を過ごすように仕向けられていく。

当然の事ながら「専門家」は職業病に陥る宿命を持っている。学生の自分が言うのもなんだが、自らの関心事が狭い範囲に閉じ込められれば、否応無くその専門が一番大切であり、それ以外のものは不必要とさえ思うようになってしまう。この事が少なからず現代における人々の思考停止に関係があるのではなかろうか。
例えば最近において、環境ホルモン問題などで農薬の専門家などが、世の中の批判を浴びると、農薬の事をよく知らない素人のくせにまずは相手を否定してかかる。次に、その被害などがたかが知れたもので大した事は無い、と過小評価してくる。それは、自らの専門への過信と同時に、自らの存在を否定する事にならないための必死の抵抗でもあり、真の「批判精神」を自己肯定と履き違えた愚かな行為である。

 かなり大袈裟に言えば、現代社会はこういう人々の集合によって形成されている。よく価値観が多様で、何が妥当であるかは決められないと言われる。がしかし、本当に妥当な事が無い訳ではない。妥当で正しい事があるのにもかかわらず、それぞれが偏った見方しか持ちえてない現代人には、それが見えないだけである。この、専門分化した現代社会は、効率的であるものの、これを構成する一人一人の精神状態ははなはだ不健全で偏ったものにしてしまったということになる。
 この社会にとって、この実現論の存在は大きな可能性を秘めたものである事は言うまでも無いだろう。
 
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新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

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