124643でも述べられているように、戦後の日本で、日本人に欧米型の食生活をさせるためのアメリカによる戦略はものの見事に成功を収めた。
その戦略の詳細を告発しているページがあったので、紹介します。
アメリカの洗脳戦略の徹底ぶりは必見です。
以下リンクより引用
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戦後50年間の栄養教育の根幹が崩壊する栄養学会最大のタブーについて暴露する。
大戦後6年間占領されて食料難。
29年に独立するも戦後復興はままならないという日本の事情があった。
アメリカは世界のパン籠といわれるほどで、連合軍の食料をまかなっていた。戦後は、ヨーロッパ復興計画で大量の農産物を輸出していた。50年からの朝鮮戦争でも兵食としてアメリカの農産物が大量に消費された。
ヨーロッパ復興計画が終り、朝鮮戦争が終結して大量のアメリカ農産物は行き場を失う。大量の余剰農産物がでて、政府が借りる倉庫代だけでも1日2億円という危機的状態だった。
54年、アメリカはPL480法(通称・余剰農産物処理法)を成立させ、発展途上国に余剰農産物を輸出することにした。
骨子は、
1.アメリカ農産物をドルではなく、その国の通貨で購入でき、代金は後払いでよい
2.その国の政府がアメリカから代金後払いで受けいれた農産物を、その国で民間に売却した代金の一部はアメリカと協議の上、経済復興に使える
3.見返り資金の一部はアメリカがその国でのアメリカ農産物の宣伝、市場開拓費として自由に使える
4.アメリカ農産物の貧困層への援助及び学校給食への無償贈与ができる
という好条件だった。
当時の日本は、財政難で戦後復興もままならない時期であり、飛びついた。
総額600億円の余剰農産物を受け入れ、それを国内に販売、代金の7割を復興資金に当てられた。残りは在日米軍基地の充実、自衛隊(保安隊からの格上が条件にもなった)の充実という軍備に当てられた。
アメリカの真の狙いは、日本人にアメリカ農産物を餌付けして永久にアメリカ農産物を買わせるためだった。そのために市場開拓費を使って日本人の主食を米から麦(パン)へ転換させる大プロジェクトが遂行された。
栄養改善運動の3本柱は、
1.粉食(パン食)奨励 : 小麦(現代の輸入量600万トン)
2.畜産物奨励 : 家畜のエサとしてトウモロコシ(現代の輸入量1600万トン)、大豆
3.油脂奨励(フライパン運動、油いため運動) : トウモロコシ、大豆を搾れば油が取れる(今では小麦、トウモロコシ、大豆は9割を輸入に頼っている。)
55年、日本はアメリカ提案による粉食奨励、定着化を図るための11の事業計画を作った。
金額の多い順に、
1.粉食奨励のための全国キャンペーン:1億3000万円
2.キッチンカー(料理講習車)製作、食材費用:6000万円
3.学校給食の普及拡大:5000万円
4.製パン技術者講習:4000万円
5.小麦粉製品のPR映画の製作、配給:3300万円
6.生活改善普及員が行う小麦粉料理講習会の補助:2200万円
7.全国の保健所にPR用展示物設置:2100万円
8.小麦食品の改良と新製品の開発費:2100万円
9.キッチンカー運用に必要なパンフレット等の作成費:1500万円
10.日本人の専任職員雇用:1200万円
11.食生活展示会開催:800万円
総額4億2000万円の資金がアメリカから日本に活動資金として渡され、日本人の主食を粒食(米)から粉食(パン)へと変える洗脳教育がスタートした。
学校給食でパン、ミルクに餌付けされた学童は一生パンを食べ続けるので、学校給食のパン、ミルクはアメリカから無償提供された。パンとなるとおかずは、肉、タマゴ、牛乳、乳製品、油料理という欧米型食生活になっていった。
年間1人あたり150kg米を食べていた→現在は60kgを切っている。
アメリカは日本人にパン食を餌付けすることに
呆れるほど見事に大成功した。
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