脳回路と駆動物質
18150 見て解るという不思議『単眼と複眼について』
 
本田真吾 HP ( 44 香川 建築家 ) 01/12/09 AM00 【印刷用へ
共認機能を考える上で、視覚により認知可能な『表情』などの情報を、送信(笑いかける)受信(ほほえましく思う)する機能の解明は重要に課題だと思います。先の投稿で、視覚情報の統合機能のに対する概略の考え方を書きましたが、脳科学の機能分化神経細胞による対象別認識には賛同しかねています。

石野さんの指摘に同じく、『見えている』ということについては、主体側の欠乏.記憶.意識などを媒介にしなければ説明できないことだと考えています。最終的には脳科学的な裏づけがあるに越したことはないのですが、まずは『見えている』『見て解る』というような主体側の意識と対応した認識方法を大きく捉え、物質としての神経系の側面で補強するという考え方のほうが可能性が高いと感じています。

しかし、科学的にはこうであるという説明を受けると、それはその要素部分についての説明だけであるにもかかわらず、あたかもそれが全体の説明のように理解し、生物の全体機能からすると、きわめて部分的な法則で全体を理解した気になっていることが多いと思います。

そこで、今回は見えているということをもう少し鮮明にしたいと思っています。これは、一般に考えられているよりかなり不思議(想像するのが困難という意味で)なことだと思っています。いくつかの事例を分析しながら、暗黙の誤った前提や、曖昧だった捉え方を鮮明にしていきたいと思います。

まずは、視覚機能を科学的に分析するときに、まずでて来るのが感覚器としての『眼』です。しかし、神経細胞のよくわかっていなかった頃の解釈も混入し、暗黙の誤った前提に立っていると思います。

たとえば、人の目は単眼、昆虫の目は『複眼』という教え方も問題があります。昆虫の目は複眼で、一つ一つの眼は一つの神経から構成だれる単純はもので、これらの集合により光の強弱や方向が識別できるという説明になっています。ここまでは、それほど問題ではないのですが、それに対して問題なのが、人間の目は網膜にもっとたくさんの、高度な神経を持っているので『像』として捉える事ができる、と解釈してもしかたがないような説明です。

なるほど水晶体は人間には一個しかありませんが、外光を感じる感覚器としての神経を対比させると、その数の多さと外部刺激受容する機能の近似性から、人間の眼は昆虫をはるかに越えた巨大複眼と考えるほうが妥当だと思います。

『網膜に像が写って』という記述もよく見られますが、これはあたかもその網膜で像を捉え、それがまま脳に入っていっているような錯覚に陥りまがちです。現実には網膜上に落ちた光のエネルギーを微小で膨大な数の神経細胞がそれを刺激として捉えるところからしか始まりません。

この時点では、外部刺激をキャッチしたにとどまり、像を結ぶ段階には至っていないわけです。この当たり前のことが、当たり前ではなく思考の各所に暗黙の前提として存在しているように思います。

見えるということは、その情報が脳によりより高次の処理され、かつ過去記憶との何らかの対比による判断で頭の中で像を結ぶことであり、だれにも共通する絶対的な客観像というのはありえないのだ、と思っています。

結局、光の刺激が感覚器に入る→神経が刺激され信号(電気、化学物質)が流れる>>>像として見える(別の事例として、痛覚が刺激される→神経が刺激され信号(電気、化学物質)が流れる>>>痛いと感じる)という流れの中で、>>>の部分を主体から切り離した説明はありえず、主体側の欠乏.記憶.意識を考慮に入れた視覚情報の統合機能が重要だと考えています。

 
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