共同体社会の実現
177669 国家間の統合に対するスタンス
 
シャドウスピア 08/05/28 AM09 【印刷用へ
なんとなくですが、現在の国際情勢を見てみると、

アメリカ:裏で操っているのは共生適応から生まれた市場であるが、
     国家としてはあきらかに闘争適応による集団形成を
     目指している。

EU  :共生適応による再統合→最終的には集団適応も目指すも、
     そもそも集団適応と共生適応は位相が異なるため分裂の
     可能性を秘めている。

中国  :表向き共生適応、実態は闘争適応による集団形成。

日本  :バラバラ(笑)
     政界・・・アメリカの支配下にあるために闘争適応を目指す
    (アメリカの支配から切り離されれば集団適応になる?)。
     経済界・・・共生適応を図るも、国家と共倒れの危険性大。
     学者・・・共生適応による統合がやたら好き。
     普通の人々・・・新しい共認原理による集団適応形態の模索?

※他の国々でも、普通の人々は共認原理による「集団適応」を
 目指している可能性が高い?
 国の特性とよりも立場による可能性が高いが、情報が薄すぎる。

 国家の成り立ちを考えると、ヨーロッパ、中国は民族間の争い激化、疲弊から現在では、闘争圧力からの回避として共生適応を目指す節がある。アメリカは、国家としては新しく、闘争により世界支配の地位を得て味を占めたため、現在もそのまま維持?
 
  List
  この記事は 29834 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_177669
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
自我ではなく、共認こそ原点である
自我とは?(フロイトとラカン)
個人主義<=>全体主義 と、利己主義<=>利他主義
現実否定の自己欺瞞
社会運動の自己欺瞞
市民という言葉の欺瞞
自然法、基本的人権とは何か−1
自然法、基本的人権とは何か−2
自然法、基本的人権とは何か−3
前夜の意識状況3 無用となった感応観念(価値観念や規範観念)
構造認識の現況1 否定意識や自我観念から脱却できない近代人=現代人
構造認識の現況2 特権知識階級の商売道具と化した「構造認識」
構造認識の現況3 既成観念の全的否定
観念パラダイムの逆転1 現実捨象の倒錯観念から、観念捨象の現実直視へ
観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
観念パラダイムの逆転3 現実とは、人々の意識である
「現実=自分自身」は事実認識(構造論)の核心部
新たなグランドセオリーとしての実現論1−グランドセオリーとは何か
新たなグランドセオリーとしての実現論2−傍観者、あるいは引きこもりとしてのアカデミズム
近代思想は宗教と同根
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
若者が実感できる『旧観念』
「何でだろう?」を封印してきた価値観念
同化に不可能視はいらない
相手の感情を前提にしたら『権利』など崩壊する

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp