日本人の起源(縄文・弥生・大和)
176592 インカ帝国を縄文人だった出雲王国の末裔が建国した可能性について
 
J.J.KING ( 50才代 大阪 自営業 ) 08/05/16 PM03 【印刷用へ
デジタル出版の朝比奈 宏幸著 「嗚呼!縄文文明・黙示録」からの抜粋:
  現在南米のインカに関して多くの資料が発行されているが、そのインカの出身地や出身民族等は全く存在していなかった。多分表題の様な説を唱えているのは日本国内では筆者だけだと思われ、考古学を学んでいる人々は与太話だと一笑に付されると思えた。しかし南米の多くの古代文明の風俗・習慣、遺物等には、古代縄文文化と同じ様な物も多数存在しており、その関連性が海外の研究者の間では、熱く論議されているのも真実である。しかし不思議な事に日本の考古学では、縄文時代とは狩猟採取生活に毛が生えた様な未開の時代であり、全く研究に値しないと考えられており、弥生時代や古墳時代等で中国や韓国を通じて知識や技術が入ってきた物で、その文明を受け入れた大和朝廷によって初めて世界に通じる国作りが始まったとされているのだ。その為に縄文時代には太平洋を渡る技能が全く存在していなかったとされているが、実際世界中には縄文文明との繋がりを示すと思われる事柄が数多く存在しており、古くから縄文文明を評価した論文が多々在る事も事実だった。
 そしてインカ等の古代文明を作った人々がどこから来たかと云う発祥地に関しても、東アジアといわれているが、日本の考古学では頭から否定されていて、その研究もなされていないのが現状だった。しかしインカに関する記録を紐解くと
1).彼等の骨格やDNA遺伝子に関する調査では、南米の人々に縄文人との繋がりが在るとされた。2).インカの創世記の話に神から指示をされて姓名を上下反対にして、現地の名前の呼び方に合わせたとされており、本来は姓が最初で名が後に来る民族と思われ、東アジアの習慣と同じだった。3).インカでは沖縄地方で古くから行われていた2度葬儀と同じ方法で埋葬していたと思われた。それは最初の葬儀の後に暫くして開封して、遺骨を洗い清めるか、又は遺骸がミイラ化していたら、正装した後に、同じ住居の中で生活を共にして生きている時と同じ様に扱う風習がインカに伝わっていたと思われた。4).インカには創世記の話が各地に多くの伝承が残っていたが、その中の一つに日本の古事記の内容と似た話が存在したのだ。
 その創世記の神話の要約は、クスコの南東の洞窟から4組の夫婦が出て来た。そして彼等がある丘に来た時に、アヤル・カチが石を飛ばして4つの山を砕き4つの谷を作ったのを見て恐ろしくなり、アヤル・カチを欺いて出て来た洞窟に閉じ込めて大きな石で穴を塞いだ。その後、7人は誰かが人間の崇拝の対象となり、自分達の父の太陽と話して、子孫が繁栄する様にしようと決めた。するとアヤル・オチェが大きな翼を見せて空に舞い上がり姿を消したが、やがて父の太陽の命令を伝えて、長男のアヤル・マンコがマンコ・カパックと改名して、クスコに住む様に云った。話終えると石像に成ってワナカウレの丘に残った。マンコ・カパックは、兄弟のアヤル・アウカと4人の女を率いてクスコに着いた。マンコ・カパックと姉妹達は、後に太陽の神殿を建てた場所に家を造り、政治を始めた。
 このインカ伝説には前段階が無くて、急に洞窟から出て来た場面から話が始まっているのだが、これは天の岩屋戸の話を指す情景と思われた。つまりそれをアイヌ神話の天の岩屋戸の伝説から考えると、火山の大噴火で太陽が無くなった様に真っ暗になった時に、逃げ込んだ洞窟から出た時には、地域全体の無惨な状況を見て絶望した縄文人達が日本列島を離れる時の事を語ったと思われたのだ。そしてアヤル・カチの話は、日本神話で乱暴者とされたスサノヲ命の事を指していて、八岐大蛇の話で大蛇の身体が谷8つ、山の峰8つあるとして、8の数を元にして八岐大蛇を語ったが、アヤル・カチの形容の仕方から同じ人物を指すと思えた。そしてその後、騙して洞窟に閉じ込めたが、それは古代エジプトの兄弟喧嘩の時に饗宴の場でオシリス神を騙して箱に入れて水死させたと云うセトがスサノヲ命を表していたのと殆ど同じ内容だった。そして日本神話ではスサノヲ命がイザナキ命から追放処分を受けた事からスサノヲ命が縄文人集団から離脱した事を表し、更にスサノヲ命が地下の根の国に住んだとされ関連性が認められた。次ぎにアヤル・オチェの話が続くが、この話は大国主命の事だと思われ、黄泉国へ行った時の話だったが、その内容には黄泉の国の風景だとは思えない描写が有った。つまり行き先は黄泉の国と云われていたが、大和朝廷で神話を編集する時に、スサノヲ命が天空の世界にいたのでは拙いとして黄泉国に変えた可能性が在ったのだ。そしてインカのアヤル・オチェが太陽神に会いに行った時に、太陽神が以下の事を命令した。

  1.王となる兄にマンコ・カパックと名前を変える様に云い、
  2.クスコに住む様に云い、姉妹と結婚して其処で王と成った。

  それに対してスサノヲ命は、オホナムヂ命(大国主命)に以下の事を命令した。

  1.名前を大国主命に変える様に云い、
  2.王となり、
  3.宮殿の場所や作り方を指示して、
  4.自分の娘を正妻にして、
  5.敵だった兄弟を追い払えと云った

  そしてアヤル・オチェは帰って来て伝言を伝えた後に自ら石像に成ったとされるが、大国主命も大和朝廷との国譲りの交渉で、最後には自らが出雲大社の神に成った話が在った。更にアヤル・オチェが急に羽が生えて飛んだ話も不思議だったが、この部分も日本神話に似た部分が在り,其の物語がヤマトタケル命の話だった。彼は最後に急死して白鳥に成って天に昇ったと云うが、是は鳥が人の魂を運ぶと云う出雲地方の信仰が元になっていて、このヤマトタケルの伝説は本来は出雲王国の英雄神の話と思えた。そして実際にはヤマトタケルが実在した可能性は歴史的には全く認められておらず、実在した人物では無くて英雄伝説が在った各地の伝説を、一人の王族の将軍として作り上げた架空の英雄物語とされたのだ。そしてこの地にインカ族の祖先が移住して来た時期は、この国家が利用出来た金属が金や銀、銅そしてその合金を多用していたが、鉄は全く出土していなかった。その事から彼等が南米に来た時期は本国では青銅器文化の段階と思われ、その事から縄文時代の終わり頃に鉄製武器を持った弥生人に敗れた縄文人の村落が急激に減少した時期に、日本列島から大挙して南米に移住したと思われた。更に此処からは筆者の私見ではあったが、出雲王国の有力豪族にイン氏があり、その一族はイン家であり、その呼び方がインケ又はインカと呼べる事からその繋がり方を述べていたのだ。
 
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